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フォーンシヴィ帝国のお城に着くと、召喚の時にお世話になった執事とキアノティスが外で待ってくれていた。
「アユカ! 久しぶりだな。元気か?」
「元気やよ。キアノティス様は?」
「ちょーとばかし疲れてるけど、元気だ」
太陽のような笑顔を見せられ、キアノティスに右手を差し出された。
握手だろうと思い右手を差し出そうとしたが、アユカが握手をする前にシャンツァイがキアノティスの手を握っていた。
「人の女に触ろうとするな」
「怒んなって。挨拶だろ、挨拶」
「五月蝿い。黙れ」
「黙ったら会話できなくなるだろ。嫌だ」
シャンツァイの深いため息を気にしていないだろうキアノティスが、シャンツァイの肩に腕を回している。
「元気になってよかったな。お前が回復したって聞いて、アユカは大丈夫だろうって安心したぞ」
「うるさ」
「いやー、あのまま回復しないなら、落ちぶれるウルティーリは属国にしてしまおうと思ってたからな。その方がキャラウェイも国民も平和に過ごせたはずだ」
「はぁ」
「俺はアユカが欲しかったしな。どうだ? 聖女替えるか?」
「答え分かってて聞くな」
大声で笑ったキアノティスが、シャンツァイの背中を叩いて離れた。
「まぁ、これだけアユカにお前の匂いついてたらな。アンゲロニアも諦めがつくだろう」
「うざ」
見たことのないシャンツァイを目の当たりにして、アユカは胸を高鳴らせていた。
もしかせんでも特別な関係?
シャンってば、女性だけやなくて男性にもブイブイしてたん?
罪やわー。
「シャンとキアノティス様は仲良いん?」
「全く」
「親友だ」
これは腐女子のお姉様方が湧く展開では?
浮気は許せんけど、尊いので見守らせていただきます。
可笑しそうに笑っていたキアノティスが、微笑むように細めた瞳には優しさが満ちている。
「立ち話もなんだからな。部屋に案内する」
執事が先頭を歩き、アユカ・シャンツァイ・キアノティスの順で横に並び、執事の後ろをついていく。
アユカたちの後ろにクレソンたちが続いている。
「お前、部屋に案内したら消えろよ」
「冷たい奴だな。積もる話をしてもいいだろ」
「ねぇだろ」
「まぁ、元気な顔見られたからいいか。疲れただろうし、ゆっくり休んでくれ」
面倒臭そうに息を吐き出したシャンツァイが、頭を掻いている。
「お前の思惑に乗りたくねぇが……お前、体調悪いのか?」
え? どっからどう見ても元気に見えるのに。
アユカは心の中で『アプザル』と唱えて、こそっとキアノティスを覗き見た。
慢性疲労って書いてるやん。
何があったら会っていない間で慢性疲労になるん?
「さっきアユカに言っただろ。ちょーっとばかり疲れてるだけだ。心配させて悪いな」
「してねぇよ」
キアノティスの話にシャンツァイが適当に相槌を打っている間に、滞在する部屋に到着した。
グレコマたち騎士たちの部屋が、周りを囲むように用意されている。
「部屋に浴室はついてるのか?」
「あるぞ」
頷いているシャンツァイの腕を、アユカは掴んで顔を寄せた。
内緒話がしたいと気づいてくれただろうシャンツァイは、腰をかがめてくれる。
「なぁ、シャン。キアノティス様に栄養ドリンク渡していい?」
「アユ、いいことを教えてやろう。この世界の人間は耳がいい。全員に聞こえてるぞ」
「え!? やったら、先に教えてや! 恥ずかしいやん!」
「恥ずかしがるアユを見たかったんだ。許せ」
もう! そんなこと言われたら怒られへんやん。
その上、恥ずかしさが増したやんか。
赤いだろう顔を両手で隠して悶えていると、キアノティスの笑い声が聞こえてきた。
顔を上げると、目尻に涙を浮かべているキアノティスと視線がぶつかった。
「アユカ、幸せそうで何よりだ」
「うん。みんな優しくて幸せにしてもらってる。楽しく過ごしてるよ」
「雰囲気で伝わってきたよ」
キアノティスと微笑み合っていると、シャンツァイの手がアユカの頭の上に乗っかった。
シャンツァイを見ると、シャンツァイも柔らかく微笑んでいる。
「アユの好きなようにしていい。って言っても、あいつは栄養ドリンク飲んでると思うぞ」
「え? うそや?」
「飲んでるぞ」
あっけらかんと答えるキアノティスに、アユカはムンクの叫びの再現をしてしまう。
飲んでるのに疲労取れてへんって、なーんーでー?
「あの飲み物すごいよな。商人に買いに行かせてるが、購入制限があって常備できないんだよ。どうだ、シャンツァイ。この国に輸出しないか?」
「どうせ俺を呼び出した本当の理由はそっちだろ」
「まさか」
2人は不敵に笑い合っているが、今のアユカはそんな空気なんてどうでもいい。
栄養ドリンクを飲んでいても疲労が付き纏っているキアノティスの体に、不安と不思議が混ざり合った気持ちになる。
「今日は飲んだ?」
「朝にな。もし疲れてるように見えるなら、心配事が尽きないからだ」
「そうやったとしてもやで」
「大丈夫だ。俺は天才で強いからな。心配するな」
力強く微笑み、ウインクをして、キアノティスは執事と共に去っていった。
アユカは何とも言えない気持ちになり、シャンツァイに突進するように抱きついた。
モナルダから渡された注意事項が頭の中を飛び交って、モヤモヤが爆発しそうになる。
気遣うように撫でてくれるシャンツァイの手に集中して、どうにか叫ばずに済んだ。
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