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わーい! 久しぶりの街デート!
って、寒いかも……
フォーンシヴィに入ってから寒いと思ってたけど、長袖にジャケットくらいはいる寒さちゃう?
長袖は用意してもらっていたが、それでも寒いと思う気候だ。
「先に服を買うか」
「賛成。シャンの服はうちに選ばせてな」
「……俺は買わなくていいんだが」
「えー、お揃いでパーカーやジャケット買おうよ」
「……それ選ぶって言わねぇだろ」
「いいやん。細かいこと気にしたらハゲるで」
「嫌なことを言うんじゃねぇよ」
少し乱暴に頭を撫でられて、アユカは楽しそうに笑った。
いつもよりちょっぴり動作が早いだけで、優しいと感じる手は変わらない。
「今年の気候は異常だねぇ」
「ああ、10月の寒さじゃないよ」
「これも瘴気のせいなんだろうか」
「そう心配しなくても聖女様がいてくださる」
「ああ、こんなのは今年だけさね」
街の人たちの会話を聞きながら、目についた洋服店に入った。
「いらっしゃいませぇ」
入り口付近に待機していた店員に声をかけられた。
20代中頃っぽいギャルメイクをしている女性で、シャンツァイを見た途端に目がハートになっている。
「お揃いで着られる洋服を見せてほしいねん」
「お持ちいたしますぅ。少々お待ちくださいませぇ」
アユカの声に仕事中だったことを思い出したようで、愛想のいい笑顔を見せて奥に引っ込んでいった。
アユカは近くの服を見て時間を潰そうと思い、視線を迷わせ、中央に並べられている数体のマネキンに目を止めている。
「なに、あれ」
マネキンの前まで行き、驚嘆のような賛美のような息が漏れた。
「聖女様、着用例やって」
「そう書いてるな」
「聖女って服装にも注目されるん?」
「ここではそうなんだろ」
レッドカーペットを歩くハリウッドスターやん。
「お待たせしましたぁ」
店員が、ラックに数着の服をぶら下げて戻ってきた。
アユカがマネキンを見ていたことに気づいたようで、手を叩くように合わせて微笑んでくる。
「あ、そちら気になられましたぁ。聖女様が着られたデザインはすぐに完売してしまうんですが、お客様はとてもラッキーですよぉ。昨日入荷した分がございますのでご用意できますぅ」
「ううん。ペアの服を探しに来たから、これらはいらんよ」
それに、うちは可愛らしい服よりも動きやすい服の方が好きやしね。
「今逃すと手に入らないかもしませんのにぃ」
「そんなに聖女様って人気なん?」
今日のアユカは、目薬で赤い瞳に変えている。
ウルティーリ国の聖女だとは、誰も思わないだろう。
「とても人気ですよぉ。洋服もですが、聖女様が食べられたという物も流行りますねぇ」
「何食べてるかまで分かるん!?」
「聖女様は、週の半分は国民に祝福を与えてくださるんですぅ。その際の洋服と軽食が広まり、流行っているんですぅ」
「そうなんや。すごいな」
会話の流れ上出てきた言葉だ。
特にスゴいとも思ってない。
言葉を言い換えるなら「へー」になる。
「ウルティーリ国の聖女様は、教会で祝福をされないのですかぁ?」
「うーん、瘴気の浄化に飛び回ってるって話やから、してへんと思うよ」
「アユ、服を買わないと食事に向かえないぞ」
「そうやった。早く買って、美味しいもん食べに行こ」
持ってきてもらった服の中から、トレーナーとパーカーと皮のジャケットとジーンズパンツをお揃いで購入した。
上機嫌で見送ってくれる店員の「ありがとうございましたぁ」を背中に浴びながら店を出ると、一際強い北風小僧に吹かれた。
シャンツァイが身を縮めるアユカの腕を摩って、アユカを温めようとしてくれる。
「買ったジャケット着るか?」
「そうする」
「ここまで寒いフォーンシヴィは初めてだな」
ジャケットを渡してくれるシャンツァイにお礼を伝えながら、そそくさと羽織った。
和らぐ寒さに人心地ついたような気分になり、すくめていた首が元に戻る。
「シチューでも食べるか」
「ええ!? お好み焼きって言ったやん」
「歯に青のり付くからデート向きじゃないんだろ?」
「そうやねんけど、お好み焼きがうちを呼んでるねん」
「分かった。お好み焼きだな」
「嬉しい! 歯に青のり付いてたらコソッと教えてな。うちもシャンが付けてたら教えるからな」
「俺は気にしないぞ」
あかんよ! 絶対に気になるはずや!
シャンみたいな完成した顔の人が、歯に青のり付けてるとかさ……ヤバい。想像したらオモロい。
あえて言わずに楽しむってありやな。
1人でニヤニヤしていると、シャンツァイに「何、笑ってんだ」と頬を突かれた。
突かれないように頬を膨らませて空気抵抗すると、何がそんなにツボったのか、シャンツァイはお好み焼き屋に着くまで肩を揺らして笑い続けていた。
懐かしい味の昼食が終わり、アユカの青のり警察が出動したが、シャンツァイには付いていなかった。
シャンツァイが「気になるもんだな」と笑いを堪えながら言うものだから、アユカは両手で口を隠し「コソッとって言うたやんか」と近くにいるはずのチコリを探し出し、鏡を借りたのだった。
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