85
「いいか。大切なこと言うで。世界中旅してるからって、そいつが本当のことを言ってるってなんで分かるん? 嘘かもしれんやろ」
「し、しかし……」
「なに?」
「その者は私たちの暮らしが豊かになるようにと、私たちと商売を結んでくださいました。ここには何もありません。ですから、その者が育ててほしいという実を育て、それを販売することになったのです。その実は苦しでいる者を楽にするという効果があるらしく、もし苦しむ者がいたら実は食べていいということでした」
「あー、もしかせんでも、森にあったピンク色の実?」
「はい。そうです」
アユカがため息を飲み込んだ時、シャンツァイが立ち上がった。
そして、村人たちに向かって腰を折っている。
この国の王様が、国民に向かって頭を下げているのだ。
アユカでさえも絶句をしてしまうのは仕方がない。
どこからどう見ても、感謝の礼には見えない。
謝罪の礼だと分かる。
「すまなかった」
「あああ頭を上げてください、陛下」
「いや、俺がもっとしっかりしていれば、こんなにもお前たちが窮するも欺かれることもなかったんだ。本当にすまない」
「え? 欺かれる?」
アユカが立ち上がり、シャンツァイの背中を撫でると、シャンツァイは頭を上げた。
「お前たちが商売になると思っている実は、精神を壊してしまう実だ。食べ続けると暴力的になり、最後は命を落とす。そんな実なんだ」
目を見開き、顔を青くし、動けないでいる村人たちからシャンツァイは目を逸らさない。
真っ直ぐに全てを受け止めている。
「ということで、みんなにはさっきうちが言ったことの続きを言うで。ちゃんと聞いてや。
上手い話には裏があるんや。ぜーったい信じたらあかん。タダより怖いものはないからな。
それに、信じる人は決めなあかん。ここはみんなが住んでる土地やけど、シャンの土地でもある。ってことは、問題が起こって解決するんは、みんなとシャンってことや。運命共同体ってことや。
何かあったらシャンを信じて相談する。相談されな、何が起こってるかなんて遠くの地にいるシャンには分からへん。シャンなら絶対に解決してくれるよ。
みんなが信じるんは、大切な人とシャンだけ。それ以外は信じたらあかん。
大体なぁ、人って生きもんは嘘つきやねん。すーぐ手のひら返すねん。さらに権力やお金に弱い。平気で人を騙すんやから」
「さっき村長の話を長いと言ったのは、どこの誰だ?」という声が、グレコマやエルダー辺りから聞こえてきそうだった。
「私たちは……騙されていたんですか……」
「んー、どうやろね」
「「え?」」
「他の聖女やないと聖女を治せんっていうのは、やったことないし見たことないから分からん。それに、商売は本当に結ぼうと思ってるんちゃうかな。危ない実を育ててる場所は目立たへん所がいいやろうし、自分で育てるよりも育ててもらった方が危険は少ないからな。
悲しいことは、みんなは危ない実と知らんかったとしても、実を販売してしまったり、あげてしまったりしたら、犯罪に手を貸してるのと一緒やから罪を背負わなあかんようになることよ」
「村人全員、犯罪者になるところだったんですね……」
「そうやね」
辛そうに顔を伏せる村人たちの鬱々たる空気を払うように、アユカは笑顔を見せた。
「でも、犯罪者になる前に気づけたし、実の中毒者が出る前に危険性も分かってよかったやん。病気は治せるし、いいことばかりやよ」
元気よく手を1回鳴らしてみたが、悲壮な雰囲気が足されるばかりだ。
「犯罪者になる方がよかった?」
「い、いえ、そういう訳ではないんです……ただ、商人の言葉を全て信じてしまっていたが故に、病気の苦しさが緩和されればと思って危険な実を病人に与えていたんです……」




