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「んじゃ、お願い事言うで」
「任せて、姉上」
「1つは、うちの代わりにミナーテ様に毎日お祈りしてほしいねん」
「うん、大丈夫。毎日、お祈りするね」
大きく頷いてくれるキャラウェイに、アユカはガッツポーズをする。
不思議そうに首を傾げながらやり返してくれるキャラウェイに、ガッツポーズもないんだと気づいた。
「もう1つは、このノートに書いてる飾りを作っといてほしいねん」
巾着から取り出した1冊のノートを、メイドがキャラウェイに渡してくれる。
ノートの中身を見たキャラウェイが、燦然たる笑顔で見てきた。
「うん! 僕、頑張るね!」
「頑張らんでいいよ。うちも帰ってきたら手伝うから」
嬉しそうにノートを抱きしめるキャラウェイに、誰もが目を細め、口元を緩ませている。
「キャラウェイ、何を作るんだ?」
「えっと……その……兄上にはまだ内緒です」
「内緒なのか? どうしても教えてくれないのか?」
「ダ、ダメです! で、でも、5月4日なれば分かります!」
笑ったらあかんけど、可愛すぎて笑いそう。
絶対に何かシャンにもバレたで。
シャンも笑うの耐えてるもん。
何か楽しい予定があった方が寂しいのも紛れるんちゃうかなと思って、昨日提案したんよね。
シャンは5日から発情期に入るから、4日に誕生日パーティーをして驚かそうって。
何度も大きく頷いてくれて、今から楽しみにしてんのが丸わかりやった。
やから、飾り付けを作ってもらおうって思ったんよな。
忙しくしてたら、1ヶ月半なんてあっという間よ。
「そうか。なら、5月4日を楽しみにしているな」
「はい! 楽しみにしていてください」
キャラウェイは「へへ」と笑いながら、ニゲラにノートを預けている。
ニゲラの「手伝わせてくださいね」の言葉に、キャラウェイは「一緒に作ろうね」と返していた。
子供たちの穏和なやり取りに、大人たちの心が浄化されていくようだった。
賑やかで和やかな朝食が終わり、出発までの時間、アユカはモナルダから注意事項を聞かされていた。
多いー。
注意事項、多すぎて覚えられへんー。
その横で、シャンツァイとキャラウェイが挨拶をかわしている。
「何か気になることや困ったことがあったら、モナルダかリンデンに相談するんだぞ」
「はい」
「怪我や病気のないようにな」
「はい」
「俺が留守の間は、お前が城を守るんだからな」
「はい。あ、あの、兄上」
「どうした?」
「い、1度でいいので抱きしめてもらってもいいですか?」
鼻で笑ったシャンツァイは、柔らかくキャラウェイを抱きしめた。
「1度なんて寂しいことを言うな。戻ってきたら、何度でも抱きしめてやる」
「はいっ。兄上、無事にお帰りください。お待ちしています」
「ああ、アユと一緒に帰ってくるからな」
うっ! なんて尊い兄弟愛!
うちもそっちに混ざりたい。
注意事項、絶対100個は超えた。
あー、無理。もう無理。
「アユカ様、聞かれていますか?」
「聞いてるよ。大丈夫」
「では、先ほどの注意事項を復唱してみてください」
くっ! 罠を張られると思わんかった。
言えるわけないやん。
隣の会話に耳を傾けてて、モナルダの話聞いてなかったんやから。
「シャンから離れない」
「それは、7個目の注意事項です」
「え? 何個目とか覚えてんの? めっちゃ頭いいな」
「私の知能は人よりいいですが、今そういう話はしておりません。注意事項、聞かれていませんでしたね?」
「聞いてたよー。ただちょーっと右耳から入った言葉が、左耳から出ていっただけやん」
「それは聞かれていないって言うんですよ」
「だってー、多すぎるんやもーん」
斜め下から小さく吹き出す声が聞こえた。
見ると、キャラウェイがシャンツァイの腕で顔を隠すように笑っている。
その愛らしい姿に、これ以上伝える気が失せただろうモナルダが一息吐き出し、紙の束と板状の水晶をアユカに渡してきた。
「これって通信できるやつ!」
「そうです。アユカ様と知り合いだろう、あらゆる人が登録されています。ないとは思いますが、何かあった際は1人で乗り切ろうとせず、誰かに連絡して指示を仰いでください」
「うん、分かった。シャンかリンデンかモナルダに連絡するわ」
「可能な限り、そうしてください」
あまりないモナルダの優しい微笑みに、「合ってた! うち、天才」と自画自賛するアユカである。
「それと、注意事項です。必ず最後まで読んでおいてくださいね」
「はーい」
「『はい』は短く」
「はい!」
さっきの笑顔は偽物やった。
霧島と一緒で、おかん属性やったんか。
逆らったらあかん属性の人物やからな。
これからは慎重に会話しよ。
笑い声が大きくなったキャラウェイだったが、バレないようにとシャンツァイの体にしがみついて顔を隠している。
笑い疲れただろうキャラウェイが落ち着いてから、アユカはキャラウェイと挨拶をかわした。
シャンツァイは、アユカ以上の書類の束をモナルダから渡されている。
可哀想な視線をシャンツァイに向けるアユカを見て、キャラウェイはまた声を上げていた。
「キャラウェイは、よく笑うようになったな」
馬車に乗り込んで窓から手を振る直前に聞こえた言葉には、慈しみが溢れていて、愛が含まれていた。
アユカは小さく頷いてからシャンツァイと手を繋ぎ、窓から乗り出して繋いでいない方の手を大きく振った。
「いってきます」
「いってらっしゃーい!」
瞬きしている間に見えなくなってしまうので、瞬きをせずにキャラウェイの笑顔を見ていた。
章での区切りはしていませんが、ここで一区切りとなります。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
読んでくださっている皆様のおかげで、楽しく書くことができております。
ありがとうございます。
次話の投稿は来週の月曜日になります。少しだけお待ちください。
再び集まる4人の聖女たち。何が起こるのか楽しみにしてお待ちいただければと思います。




