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朝起きると、昨日の怒気が夢だったと思うほどの甘い瞳と目が合った。
暖かい腕に抱きしめられていて、心が安らいでいく。
「シャン、もう怒ってない?」
「ああ」
「よかった」
「アユを殺したって男を殺す方法が分からなくて、イラついて悪かったな」
「いいよ。うちのために怒ってくれてありがとうな」
幸せそうに微笑んだシャンツァイに、柔らかく触れるだけのキスをされる。
「俺も祈れるときは祈ろうと思ってな」
「ん?」
「男が苦しもがいて死ぬようにと、ミナーテ様に祈ろうと思ったんだ」
うわー! ハムちゃん、ごめん。
でも、叶えてくれたら嬉しい。
うちもあいつは許されへん。
「うちな、死んだことはホンマにムカついたけど、この世界に来られて幸せなんよ。シャンっていう最高にカッコいい人と出会えたから、めちゃくちゃ幸せなんよ」
「ああ、俺も、アユが殺されたことを喜ぶべきじゃねぇが、ミナーテ様がアユを選んでくれ、俺と出会ってくれたことは奇跡だと思っている。生きてきた中で、これほど幸せな日々はなかった」
「これからも幸せでいような」
「アユがいれば不幸になることはねぇよ」
シャンツァイがアユカに覆いかぶさるように移動し、アユカはシャンツァイの首に腕を回している。
シャンツァイのキスが降ってきた時、部屋の扉が大きく開け放たれた。
「お2方とも、今はじゃれ合っている時間はありませんよ」
「チチチチコリー! はずはずはずかしいやろー!」
「仲睦まじい時間を邪魔したくありませんが、朝に弱いキャラウェイ様が今か今かとお2人を待たれているんです。早く用意して顔を見せてあげてください」
はっ! そうやった!
1ヶ月半会われへんなるから朝食を一緒に取ろうって、昨日約束したんやった。
出発するまでの時間、できるだけ多くシャンといたいはずや。
はよ、用意して行かな。
「チコリ、ありがとう。爆速で用意するわ」
「お手伝いいたします。シャンツァイ様も支度してくださいませ」
「まぁ、後でいいか」
シャン、確かにうちらは幸せを確かめあったよ。
「あはん」「うふん」をしようとしてたよ。
でもな、声に出さんでいいことは、いっぱいあるんよ。
夜に獣になる宣言は言わんでいいことなんよ。
アユカが着替え終わると、チコリが手を数回叩いて合図を送っている。
廊下で控えていただろうクレソンが、シャンツァイの服を持って部屋に入ってきた。
準備が終わると、アユカは自分とシャンツァイに『クレネス』をかけ、身綺麗にして、キャラウェイが待つダイニングに急いだ。
「待たせてごめんな」
ダイニングに着くなりキャラウェイに謝ると、首を横に大きく振られた。
「ううん! 僕も今来たとこだよ」
おおう! デートの待ち合わせ常套句。
しかも、めちゃくちゃ可愛い笑顔。
合格やわ。合格やで、キャラウェイ様。
変な女には引っかからんとってな。
アユカたちが席に着くと、料理が運ばれてくる。
「そうや、キャラウェイ様に2個お願いがあるねん」
「うん、任せて。何をすればいい?」
女のお願いに、内容聞いてへんのにオッケーしたらあかんねんで。
キャラウェイ様は優しすぎるからな。
ここは、小姑になるうちが変な女から守ってあげよう。
「キャラウェイ様」
「なに?」
「好きな子できたら教えてな。纏わりついてくる女の子もやで」
「え?」
「……アユ、それがお願い事なのか?」
「違うよ」
「だそうだ。キャラウェイ、気にするな」
「なんでよ。キャラウェイ様を変な女から守れるんは、家族になるうちやろ。家族じゃなきゃテストできへんやん」
ん? うち、なんか変なこと言った?
なんでキャラウェイ様は泣きはじめたん?
なんでシャンは肩揺らして笑ってんの?
なんで周りから生暖かい目向けられてんの?
「なんのテストをするつもりだ?」
「んー、『ありがとう』と『ごめんなさい』を素直に言えるかどうかかなぁ」
この2つは、大切な言葉やからな。
小さい頃に拗ねて言われへんかった時に、霧島から長時間かけて教えられたんよ。
半分以上何言ってるんか分からんかったから、途中で寝てもたねんな。
そしたら、次の日の朝起きても説明が続いたから、絶対に2度と説明されんようにするって決めたんよ。
霧島が大切って教えてくれた言葉を言える子は、きっと優しい子やろうからね。
キャラウェイ様は、そういう子と結ばれてほしいわ。
「案外、簡単なテストなんだな」
「そうかな?」
「ぼ、ぼく……」
ニゲラが差し出したハンカチを使って、涙を拭いているキャラウェイを見る。
「アユカ様が好き」
「うちも好きやよ」
「そ、それで、その、ああ姉上と呼んでもいいですか?」
敬語を使われたことよりも、ハンカチを握りしめている手が震えていることに驚いた。
とてつもなく緊張をしながら、勇気を振り絞って伝えてくれたのだろう。
好きにしてくれていいのにと思いながら、笑顔で答えた。
「全然いいよ。好きに呼んで」
「ほ、ほんとうにいいの!?」
「かまへんよ」
「嬉しい! ありがとう、姉上!」
「んじゃ、うちは『様』を取って、キャラウェイって呼ぼうかな」
「うん!」
あー、可愛い。
この笑顔と1ヶ月半お別れなんかー。
癒しが足りへんなったら、どうしよう。




