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王宮に戻ると、グレコマは「エルダー、報告は任せていいか?」と一目散に帰っていった。
アユカの夜の警備は第1騎士隊がしてくれているので、グレコマとエルダーはアユカの夕食が済み次第、勤務が終わる。
時々、交代で休みを取っていて、どちらかが休みの日はアキレアが付いてくれていた。
「俺が代わりにしておこう」
「はいっす。大丈夫っすから、早く帰ってあげてくださいっす」
「助かる」
そんなやり取りをアユカは何も言わずに眺めて、アユカに深く頭を下げてから帰っていくグレコマの後ろ姿を見送ったのだ。
「グレコマ先輩の奥さん、体が弱いんすよ。原因不明の難病を患っていて、よく体調を崩してるっす」
「原因不明なん?」
「時々、魔力が著しく少ない子が生まれるっす。そういう子は歩くことが精一杯で運動ができないっす。それに、よく呼吸困難になるっす。昔からある病気らしいっすが、誰も解明できてないっす」
切なそうに話すエルダーの握りしめている手が、微かに震えている。
やから、魔力が回復するエットプ草かぁ。
ってかさ、ポーションじゃ治らんのかな?
ポーションの管理は、シャンがしてるからなぁ。
誰かにあげたい時はまずは相談って言われてるから、今日の夜にでも相談してみよ。
グレコマの奥さんに対して、あかんとは言わんやろ。
「え? もうポーション試してんの?」
「ああ。アユに言わなくて悪かったな」
シャンもグレコマも気を遣ってくれたんやね。
ポーションで無理ってなると、ハイポーションなら治るんかな?
今は夜の遊戯を終え、アユカのベッドで水分補給をしている最中だ。
夕食時だと給仕のメイドが多数いるため、ポーションの話はしない方がいいと思ったアユカが、シャンツァイを食後のお茶に誘い、今に至っている。
「うちがお見舞いに行くんは問題ない?」
ハイポーションを使うんやとしても、まずは病名が分からんとやでな。
シャンみたいに呪いなわけないやろうけど、もしかしたらがあるしな。
「いいぞ。可能なら治してやってほしい」
「分かった。うち、今最大級の薬持ってるからきっと治せると思う」
「……最大級の薬とは、どんな薬だ?」
「病気や怪我は何でも治るスペシャルな薬やよ。10本も出来たから、3本はヒソップたちにあげよう思ってるねん」
ヒソップとは、元騎士で薬店で働いている片腕がない人物の名前である。
「……ヒソップたちが飲んだら、どうなるんだ?」
「あら、不思議。腕や足が元通りー。パチパチパチー」
なぁ、シャン。
そんなに長いため息吐き出したら、体の中の酸素なくなるで。
大きく息吸い込もうな。
でも、その前に一緒に拍手しよ。
なんたって、念願のハイポーションやねんで。
「突然、腕や足が生えたら、街の人たちの反応はどうなると思う」
「よかったねぇ。聖女様ってすごいねぇ」
「それで終わると思うか?」
「自分たちにもその魔法を、かな」
「それが分かっているなら渡すんじゃねぇよ。境遇を妬む奴らは何をするか分からないからな」
「でもさ、そんなん気にしてたら誰も助けられへんやん。全員を助けるんは無理やけど、仲良い人は助けたいわ」
「いつから仲良くなったんだ?」
「薬の作り方教えたし、その後もちょくちょく会ってたら仲良い証拠やん。プレゼントももらったし」
「ったく」と小さく息を吐き出したシャンツァイに、頬を撫でられた後、手を握られた。
「他にも何かしたそうだな? なんだ?」
「聖女らしいことしてみよう思って」
「すでにやってるだろ」
「瘴気の浄化はしてるけど、それだけやん。やから、慈善活動してみよう思って。うちがポーションやハイポーション使って国民を治してみるねん。どうかな?」
「問題は多いが……モナルダに相談してみよう」
「やった。シャンなら、そう言ってくれるって思ってた」
「どうして急にそんなことを思ったんだ?」
「んー、今日のグレコマたちを見て、大切な人が苦しんでんのは辛いよなって思ってん。どこまで治せるか分からんけど、治せる力があるのに出し惜しみするんは違うような気がしたんよ」
「アユは優しいな」
「優しくないよ。別に仲良い人以外が死のうが関係ないって思ってるし。そういう人を見て、うちなら治せたかもとも思わへん。
慈善活動は、仲良い人たちを治したいがための目眩しなんよ。ヒソップたちもやけど、グレコマの奥さんが治ったら話題になると思うんよね。それで贔屓やって虐められたらムカつくやん」
「やっぱり優しいぞ」
「そうかな? シャンには負けるけどな」
「俺の優しさはアユ限定だ」
そんなことあらへんよ。
シャンは恐いんかもしれんけど、みんなに優しいよ。
グレコマの奥さんにポーションあげてたことも、優しいと思う理由の1つやで。
って、ポーションで治ってたら、絶対話題になってたやん。
そん時は、どうするつもりやってんやろ?
難病用の薬として、ポーションを売り出す予定やったんかな?
「明日、お見舞いに行ってくるな」
「アキレアに御者するよう伝えておこう」
繋いでいる手の甲にキスをしてきたシャンツァイの腕に抱かれながら、アユカは微睡の中に落ちていった。
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