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バレンタインデートから1週間ほど経った朝食時。
グレコマとエルダーの悲痛な声がハーモニーを奏でた。
「シャン。うち、冒険者登録していい?」
「……理由は?」
「ダンジョンに行きたいねん。冒険者ちゃうと入られへんのやろ? やから、登録したいねん」
「……誰に聞いたんだ?」
「グレコマとエルダーやよ」
シャンツァイの大きなため息に、グレコマとエルダーは斜め上を見ている。
「冒険者登録はしなくていい。代わりに俺の女という証明を持たせてやる」
「それで入れんの?」
「ああ。それにグレコマとエルダーがいれば、レベル7くらいのダンジョンでも入れるだろう」
「「ゲッ」」
「7はダメっすよ」
「そうです。アユカ様と一緒に7は無謀です」
呆れたように息を吐き出したシャンツァイが、口角を上げた。
「お前たちは護衛があるから、他の者より鍛錬の時間が短い。いい機会だ。訓練と思ってアユとレベル6の階層5まで行ってこい。ただし、アユに擦り傷1つつけるな」
「ろろろくっすか!?」
「念のためアキレアをつけるが、アキレアには手を出さないように伝える」
「終わった……アキレアを誤魔化すのは無理だ……」
ふむふむ。
レベルは、ダンジョンの強さを示してるんやろな。
いつも難なく魔物を倒してくれるグレコマが嫌がるくらいやから、レベル6は相当強い魔物が多いんやろな。
食べたことない魔物だらけってことやんな。
楽しみー。
「なぁ、もしうちに傷が1つでもついたら2人はどうなるん?」
「アユの護衛を休んで、1週間リンデンに特訓してもらうだけだ」
「死ぬっす!」
「リンデン隊長だけは! お願いします!」
「守ればいいだけだろう」
腕で涙を拭くほど泣きはじめたやん。
リンデンはめっちゃ恐いらしいけど、ホンマなんかな?
あんなに優しいのにな。
「アユは、どうしてダンジョンに行きたいんだ?」
「行ったことないから行ってみたいだけ。それに、新しい素材を見つけられるかもやん。楽しみやわ」
ハイポーションの残り1個の材料が、どこに行ってもないんよな。
瘴気の浄化で色んなとこに行ったのに、まだ見つかってないんよ。
しかも、エーテルを作れることが判明したのに、これも材料が揃わんのよね。
ってなると、行ったことのないダンジョンにしか生えてないんちゃうかなって。
「無理はするなよ」
「分かってるよ。わざと転んで怪我しようなんて思ってへんよ」
「やめてっす!」
「俺たちを殺す気か!」
「やから、思ってへんって」
「笑ってるじゃないっすか!」
「冗談で済まなくなるんだぞ!」
3人が言い合っている光景を見て、シャンツァイは肩を揺らして笑っていた。
ダンジョンに向けて出発前に会ったアキレアは「レベル6か……階層5か……」と、悲壮感を漂わせながら呟いていた。
念のため瞳の色を赤色に変えたアユカは、首を傾げながらも高鳴る気持ちを隠さずに、急ぎ足で馬車に乗り込んだのだった。
1時間ほどで着いた場所には、3メートルほどの三角形の岩があり、洞窟に繋がりそうな穴が空いてある。
穴は、真っ暗で30センチ先も見えない。
洞窟が続きそうな穴なのに、岩の奥行きは2メートルほどしかなかった。
「ここが入り口なん?」
「そうです。ここから階層1へ行き、部屋の何処かにある階段を使って下に降りていきます。冒険者ランクBのパーティーが、階層5まで許されているダンジョンになりますね」
「ちなみに冒険者のランクって、最高がSSやったりするん?」
「その通りです」
「んじゃ、中々に強いダンジョンってこと?」
「そこまでですよ。グレコマとエルダーが2人だけでっというのは、苦しい戦いになると思いますが」
「うちも戦うよ。めっちゃ倒そうと思ってるから」
そんな青い顔せんでも大丈夫やから。
来る前にポーションを作ってきたからさ。
大船に乗った気持ちでおってよ。
「だから、嫌なんだよ……動くアユカ様見ながらとか無理に決まってる……」
「それはもうアキレア副隊長に任せましょうっすよ……奇想天外なアユカ見ながらなんて無理なもんは無理っすよ……」
おし! 絶対に帰る前に転んで怪我しよう。
リンデンに鍛えてもらって、筋肉手に入れたらいいねん。
グレコマが重たい息を吐き出しながら、長方形の水晶を入り口の真横にある窪みに翳している。
続いてエルダーも同じように翳している。
「あれは何してんの?」
「身分証明をしているんですよ。もしもの時、入っている人数が分かりませんと助けようがありませんから」
「うちはシャンから借りたネックレスを翳せばいいん?」
「いいえ。アユカ様はそのまま入っていただいて大丈夫です」
「そうなん。変なの」
「うちも翳してみたかったなぁ」と、少し唇を尖らせてしまった。
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