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ノック音がして、ドアが開いた。
さっき退出した執事が連れてきたメイドたちによって、荷物が続々と部屋に運び込まれてくる。
ハンガーラックに20着はあるだろう洋服と、下着や靴が入っているだろう箱が積み上げられた。
アユカは開きそうになった口を、顔に力を入れることで押し留めた。
執事が持っていた斜め掛けができそうな巾着を、キアノティスに渡している。
「アユカ、この鞄に1年間遊んで暮らせるだけのお金が入っている」
「これに?」
「この鞄には、この部屋くらいの空間収納の魔術がかけられている。だから、服や靴も中に入れられるぞ」
「すっご!」
空間収納がある鞄なんてあるんやー。
うちの空間収納は無限って、ハムちゃんが言ってたな。
この鞄から出し入れしてるように見せたらバレることないやんな。
しかも、半年って言ったのに1年間のお金をくれるなんて……
「キアノティス様、最高!」
「褒められると嬉しいな。着替えたらダイニングに案内する。そろそろ全員集まってくる時間だろう」
「分かった」
着替えを手伝おうとするメイドたちに断りを入れて、1人で手早く着替えた。
着ていた着物は昨日の夜同様に綺麗に畳み、机かベッドかと数秒悩んだ末、ベッドの上に置いた。
そして、用意してもらった服も下着も靴も巾着に片付けていく。
小さくしか開かない口に、どうやって入れるんだろうと思ったら、近づけたら吸い込まれるように入っていった。
感嘆の声を小さく上げながら拍手をしてしまう。
白Tシャツにサロペットで動きやすくなり、上機嫌でドアを開ける。
「お待たせって、キャラウェイ様たちも来てくれたん?」
廊下には、昨日の夜にアユカを待っていた人たちが全員いた。
俯いていたキャラウェイが、アユカの声に顔を上げ駆けてくる。
「うん。ダイニングに一緒に行こうと思って」
「ありがとう」
キャラウェイが手を差し出してきたので、手を繋いだ。
嬉しそうに微笑まれると、自然と頬が緩む。
「キアノティス様、着物はベッドの上に置いてるから」
「分かった。メイドに回収させておく。さ、ご飯食べに行くか」
歩き出したキアノティスの後ろを、ぞろぞろとついていく。
チラッチラッとキアノティスとアユカを交互に見ていたキャラウェイが、申し訳なさそうな声で話しかけてきた。
「アユカ様、色々気が利かなくてごめんね」
「なんのこと?」
「服とか、メイドとか……」
メイドって、ずっと睨んでくるマツリカになるんかな?
それは、お互いの精神上よくないと思うから遠慮したい。
「気にせんとって。1人で何でもできるし、まさか着物で来るなんてうちも思ってなかったことやし」
「でも……」
「気になるんやったら、そのうち服だけ用意してくれたらいいよ」
「うん、絶対用意するからね!」
憂いを払うことができたのか、嬉しそうに微笑んでくれた。
足取りも軽くなったような気がする。
ワンちゃんは癒しだよねぇ。
あー、可愛い。
ダイニングに着くと最後だったようで、大きな丸い机に各国の代表だろう人たちと聖女たちが座っている。
席は3つ空いていて、まずキアノティスとキャラウェイが座り、アユカは残った席に腰掛けた。
料理が運ばれてきて、朝食が始まる。
朝からステーキって……
もちろん食べられる。
大歓迎。めちゃくちゃ嬉しい。
美味しいと噛みしめて食べるアユカに対して、3人の聖女は食が進んでいない。
「モエカたち、食べないのか?」
「えっと、あの……」
「キアノティス様、女の子に朝からステーキは重たいんよ。フルーツとかパンがいいんちゃうかな」
「そうか、用意しよう。って、お前は食べてるだろ」
「うち、大食らいやねん。えっと……名前いい?」
隣に座っている聖女に声をかけた。
肩下の髪に緩いパーマがあたり、大きい瞳は少し垂れている。
アイドルのように可愛い女の子だ。
「ホノカ……」
「ホノカ、うちはアユカ。よろしく。んで、食べへんのやったらステーキもらっていい?」
「う、うん。どうぞ」
「ありがと」
笑顔でお礼を伝え、食べ終わった自身のお皿と、手をつけていないホノカのお皿を交換する。
「アユカ、お代わりなら用意するぞ」
「いい、いい。残したら勿体無いやん。あ、でも、残ったら誰か食べたりする? 残ってた方がラッキーって人おる?」
アユカの質問に笑いを噛み殺しているキアノティスに、執事が咳払いをしている。
部屋でのこともあり、注意しているのは丸わかりだ。
執事に向かって数回頷いたキアノティスは、笑いを落ち着かせるように息を吐き出した。
「食べられそうな物は賄いにまわしたりするな」
「そうなんや。うーん……分かった。次はお代わりするわ」
「失礼。よろしいですか?」
キャラウェイの隣に座っている、黄緑色のストレートロングの髪に緑色の瞳をした聡美な人に声をかけられた。
綺麗すぎて、目がチカチカする。
この人と恋か……想像できへん。無理や。
「アユカ様は、ウルティーリ国へ行かれます。ですので、そちらの国がどうなのかではないでしょうか?」
「あ、違う違う。それは分かってるし、ウルティーリ国に行った時にまた聞こう思ってるよ。うちが言ってんのは3枚目のお肉のことやから」
「は?」
綺麗な顔の目を点にさせてしまった。
それでも綺麗んやから、すごい。
とうとう声を出してお腹を抱えて笑うキアノティスを、執事が軽く叩いていた。