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やってきました! バレンタインデー!
「朝からご機嫌ですね」
「うん。今日は久しぶりにデートやからね」
「どこに行かれるとか決められているんですか?」
起こしに来てくれたチコリと、支度をしながら話している。
今は、鏡台前で髪の毛を整えてもらっている最中になる。
「この世界には動物園も水族館も遊園地もないって聞いたから希望する場所がなくて、シャンのお任せになってる」
「シャンツァイ様に任せられたんですか……」
「ん? あかんかった?」
「デートに相応しい場所を存じられていないと思うんですよね」
「そうなん? それやったとしても、シャンと一緒ならどこでもいいよ。きっと楽しいと思うねんな」
「今のお言葉、シャンツァイ様に聞かせてあげたいですね。喜ばれますよ」
「内緒やで、内緒! チコリやから言えるんよ」
小さく笑うチコリが頷いてくれた。
今日はカチューシャをお休みして、編み込みをしてもらっている。
リボンをつけてもらい、可愛く仕上げてもらった。
「最後に……」
アユカは、巾着から目薬を取り出した。
チコリは、初めて見る不思議な形状の入れ物に首を傾げている。
目薬を点眼したアユカが瞬きすると、アユカの瞳の色が黒から赤に変わった。
「アユカ様、瞳が……素晴らしい液体ですね」
「やろ。やっと完成したねん。最近、目の色で聖女ってバレて騒がれて大変やったからさ。赤に変えられるようになってよかったわ」
チョコレートの材料やラッピングを買いに行った時に、一目見たいって列作られて身動きとられへんなってんよな。
褒めてくれたり喜んでくれるんは嬉しいけど、日常生活を邪魔したらあかんと思うねん。
アイドルって大変なんやろうなって思った瞬間やったわ。
んで、お祈りしながら、ハムちゃんにめっちゃお願いしたんよね。
そしたら、検索機能が追加されて、欲しいものを作れるようになったねんな。
相変わらず、採ったことのある薬草以外は「?」表示やけど。
それでも薬草の画面で、風邪薬・痛み止め・エトセトラみたいなエトセトラを作れるようになったってことよ。
ありがたいわー。
必要なもの分からんでも、作れるかどうかは検索したら分かるようになったんやから。
作られへんって分かると諦めもついて、違う方法考えられるしな。
部屋から出るとグレコマとエルダーに「はぁ!?」と言われ、食堂ではシャンツァイやクレソン、使用人全員から目を見張られた。
「アユ。その目薬は、誰にも作っては駄目だからな。間者が忍び込みやすくなる」
「分かった。うちが使うんもデートや買い物に出かける時だけやから」
「それと、赤い瞳のアユも可愛いぞ。今すぐ食べたいくらいだ」
「お礼言いにくいやんか」
「拗ねても可愛い」
もう赤くはならんなったけど、恥ずかしいもんは恥ずかしいねん。
シャンもこの恥ずかしさ分かったらいいねん。
「シャ、シャンは、めちゃくちゃカッコいいよ」
「今、服着てるぞ?」
「べ、べつに筋肉だけをカッコいいと思ってへんよ。シャ、シャンは全部カッコいいよ」
シャンツァイの顔を見ながら言えず、お皿を見つめていた。
でも、照れくさくて赤くなっているだろうシャンツァイの顔が見たくて、顔はそのままで視線だけを動かした。
あれ? 全然赤くなってへんねんけど。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔って、こういう顔を言うんかも。
でも、なんでそんな顔してんの?
うち言うのに、結構な勇気いってんけど。
って、急に笑い出した。こわっ。
「シャンがおかしなった」
「アユに言われたくないな」
「うちは人よりちょっと元気があるだけや」
うん?
なんか周りから苦笑いの合唱を感じるんやけど、どういうこと。
みんな、うちをおかしいと思ってるんか?
うちは、人よりポジティブなだけやー。
そもそもポジティブなんも、霧島にそう育てられたからで。
落ち込んだり泣いたりしても何も解決せーへんて、悪いとこより良いとこ見つけた方が幸せになれるって言われたからやもん。
いやー、うち、純粋やな。
それを信じて育ったんやから。
そりゃハムちゃんが選んでくれるよな。
ハムちゃん、ありがとうな。
どこからかハムちゃんことミナーテの笑い声が聞こえた気がしたが、アユカはすでに目の前に置かれたスープに夢中になっていた。




