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窓から差し込んでくる光が暖かくて、ぼんやりと目が覚めた。
んー……何時……
携帯を探そうとしたが、いつもと異なる肌触りに頭が覚醒していく。
そうや、異世界に来たんやったわ。
寝転んだ状態で窓の外に青空が見え、気持ちいい朝だからこそ2度寝したくなった。
惰眠を貪りたくなったのだ。
でも、覚醒した頭が「起きた方がいいんじゃないか」と言ってくる。
葛藤の末、ため息を吐きながら起き上がり、腕を伸ばした。
シャワー浴びたいなぁ。
シャワーを浴びるためには許可が必要だろうし、どこにあるのか場所が分からない。
悩んでる時間勿体ないし、素直に聞くべきやな。
2度ほど頷いてベッド周りを確認したが、メイドを呼ぶだろうベルや引っ張ってよさそうな紐はなく、呼び出しボタンや電話も見当たらない。
うーん、あれやね、これは魔法使ってみたらいいんちゃんってことやね。
何事も経験って言うもんな。
使ってみよ。
ベッドから降り、何となく目を閉じてみた。
自分に魔法をかけるとなると、目を閉じた方が様になる気がしたからだ。
『クレネス』と唱えると、右手の甲の紋様が淡く光った気がした。
おお! めっちゃ便利やん!
シャワー浴びた後みたいなスッキリ感あるし、ほのかにフローラルな香りがする。
しかも、髪の毛ドライヤーせんでいいなんて楽すぎる。
初めての魔法にテンションが上がりかけたけど、視界の端に黒色の着物が入り、顔を背けて見えないふりをした。
そんなことをしたところで、服は昨日綺麗に畳んだ着物しかない。
着たくないと思いながら、仕方なく着物を身に纏った。
部屋におった方がいいんかな?
でも、たくさん出会いを求めるなら出歩いた方がいいよな。
うち、自由に恋しにきたんやし。
ここでなら、1人の女の子として見てもらえるはずやしね。
探検するか! と気合いを入れた時、ドアのノック音が聞こえた。
返事をすると、昨日部屋に案内をしてくれた執事と、黒い髪をツーブロックにした黄色い瞳の青年が入ってきた。
青年は、浴衣のような着物のような服を着崩している。
うっわ! めちゃくちゃ男前!!
ガタイいいからアクション俳優みたい。
おばさまたちの人気を独り占めって感じ。
なのに、ときめかへんなぁ。
「すっげー!」
見定めるようにアユカを中心に2周回られた。
なにが?
「お前、この着物くれないか?」
咳払いが聞こえて、執事を見る。
笑顔なのに怖くて、「怒らせたらあかん人や」と顔が引き攣りそうになった。
「キアノティス陛下、まずは挨拶ではないでしょうか」
「そ、そうだったな。わ、わるかった」
キアノティスと呼ばれた青年が、申し訳なさそうな顔をしながらも姿勢を正している。
気まずさを消すために1度目を閉じただろう後のキアノティスの顔から、見惚れるほどの力強さを感じた。
視線を攫われてしまった気がする。
「俺はこの国の皇帝でキアノティスだ。名前は?」
「アユカです」
「アユカか。いい名前だ」
「ありがとうございます。で、キアノティス様って呼んでもよろしいですか?」
「ああ、構わない。それと、敬語はいらない」
「分かった」
右手を差し出されたので、握手だろうと思って右手を重ねた。
笑顔で、上下に大きく振られる。
「昨日は待たなくて悪かったな」
「気にせんとって。遅くなったんはうちやし」
「そう言ってくれると助かる。それで執事から、アユカが見事な着物を着てるって聞いてな。俺は東洋の文化に興味があって色々取り寄せているんだが……」
興味深そうに着物を真っ直ぐ見つめられる。
東洋?
ってことは、日本みたいな国があるってこと?
「ここまで見事な着物は見たことがない。素晴らしい」
「だから、欲しいんやね」
「ああ」
まぁ、この着物、目玉落ちるくらいお高いからな。
「あげてもいいよ」
「本当か!?」
「ただし、条件がある」
「なんだ?」
「洋服と下着を10日分、靴を数足。後は、半年働かんでも過ごせるお金と交換。どう?」
数回瞬きしたキアノティスが、お腹を抱えて笑い出した。
「アユカ、気に入った。分かりやすい女は好きだ」
「どうも」
キアノティスが執事に目配せすると、執事は頭を下げてから部屋を出て行く。
「うちの国の聖女をアユカにしたかったな」
「どういうこと?」
「どの聖女がいいか揉めないように、初めから決めてたんだよ」
だから、昨日キャラウェイ様たちだけが待ってくれてたんか。
「俺のとこはトップに現れた聖女で……まぁ、何というか……俺を怖がっててな。心配になるほど、ずっと怯えてんだよ」
「違う世界に来たんやし、それが普通やで。慣れたら変わるやろ」
「そうだといいんだが」
突如、何かに気づいたようなキアノティスが笑い出した。
何がそんなに面白いのか全く分からなくて、首を傾げるしかない。
「お前、自分が普通じゃないって言ったな。おかしな奴」
「あ! でも、うちだけじゃないはず。他の2人は? 怖がった?」
「怖がってはなかったけど、警戒心剥き出しではいたな」
ふーん。説明聞いて、納得して来てるはずなんやけどなぁ。
違うんかな?
「まぁ、誰が味方か分からんしね。その気持ちも分かる」
「おかしなことを言うんだな。俺らが勝手に喚び寄せたんだ。全力で味方するに決まってんだろ」
「おっとこまえー」
「だろ」
胸を張るキアノティスと、1拍置いてから笑い合う。
多くの組員と関わってきているので人見知りではないし、コミュニケーションが取れないわけじゃない。
ただ、友達がいなかっただけだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
恋がしたい少女の物語が始まりました。
これから先、アユカがどのように過ごしていくのか、見守っていただければ幸いです。
少しでも楽しいと感じてもらえてたら嬉しいです。