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薬の作り方講座は昼食後に行われるため、アユカは午前中に指導する手順で薬を試しに調合してみた。
風邪薬に用いる薬草は、3種類。
産毛のような細い毛に覆われている、丸い葉が特徴的なカリコロン草。
PCの矢印カーソルに似ているカッカン草。
かすみ草よりも小さな花を葉の先に咲かせるカウボウ草。
そして使用する水は、シワシワで硬いドコンの実を入れて精製されたものになる。
まず、ドコンの実に魔力を流し込み、水の中に入れ、最低1時間放置する。
魔力を宿したドコンの実は、シワシワで硬いのが嘘のように艶やかで瑞々しい実に変貌する。
魔力を入れすぎると弾けて無くなってしまうので、失敗すれば一目で分かる工程だ。
放置をする水だが、放置後の水だけを飲んでも疲労回復や肌荒れ防止の効果があると鑑定で分かっている。
ちなみに、薬を調合する時に必ず使用する水になるので、大量に作っていても問題ない。
1時間以上の放置が必須なので、後々の作業効率を考えると大量に作っていた方がいいといえるだろう。
この水でカッカン草を煮込み、すり潰したカリコロン草を追加する。
沸騰したら火を止め、手で千切ったカウボウ草入れて混ぜ、粗熱が取れたら濾し器で薬草を取り除く。
取り除き作業を2、3回繰り返し、最後に魔力を込めたら風邪薬の完成になる。
「案外難しいな。数値的に実は魔力2で、仕上げに魔力3なんよな。微々たる魔力すぎるんよね。感覚で覚えてもらうしかないわ」
難しい箇所は魔力を込めるところのみで、アユカもドコンの実は5個近く失敗し、仕上げの魔力注入では10回は失敗していた。
教える手順でどうにか完成させることができたのは昼食前で、お腹いっぱい食べた後に待ち合わせ場所に向かった。
ロッククリスタル宮殿内のコーラルの間は、ダンスホールなのでパーティー用の部屋だそうだ。
しかし、使うこともないだろうと、今回の演習会場に様変わりしている。
コーラルの間に到着すると、シャンツァイとクレソンと城下町のお店で会った5人、そして、モナルダと白衣を着ている人が3人いた。
白衣を着ている人たちのうち、1人に見覚えがある。
あ! サフラワーが倒れた時に、ベレバリアの腹痛を証言してくれたおじいちゃん。
眉毛の長さに思い出せたわ。
特徴がある人って覚えやすいもんな。
「アユカ様、この者たちは宮廷医になります。可能でございましたら、この者たちにもご教示願います」
「全然いいよ」
「よろしくお願いいたします」
眉が長いおじいちゃんが頭を下げると、残りの2人も丁寧にお辞儀してきた。
「それと、宮廷医の者たちは普段新しい薬の開発もしております。ご教授いただいたものが応用できそうであれば、使用してもよろしいでしょうか?」
「それ、うちの許可いらんって。それで薬が良くなるんなら使うべきなんやから」
「ありがとうございます!」
もう1度腰を折られ、アユカは笑顔を返した。
「んじゃ、まずは簡単に説明するわ。レシピ渡すな」
アユカがモナルダを見ると、モナルダは5人組に1冊、宮廷医たちに1冊渡している。
2組は首を傾げながら開き、息を呑む音が同時に聞こえてきた。
その後に続いてよさそうなページを捲る音は、耳に届いてこない。
「2冊? 全員にあげたらいいやん」
「いえ、1人1冊は管理が大変になります」
「管理って。別に無くしたら、またあげたらいいやん」
「アユカ様、この本は気軽にあげていいものじゃないんですよ」
微笑んでるのに、めっちゃ怖いやん。
笑顔で怒る人に反論したらあかん。
これ、霧島から習った人生の教訓。
「あなた方も盗まれないようにしてくださいね」
「「は、はい」」
分かりやすくて有り難いと喜んでいる5人に対して、宮廷医たちは顔を寄せ合い表情を強張らせて凝視している。
「なんと、すり潰したものを煮るのか」
「こちらには魔力を込めると記されています」
「新発見すぎますね」
「ん? 魔力って込めへんの?」
顔を寄せ合っているのに興奮して大きな声で話しているもんだから、全員に聞こえていた。
そして、アユカは反射的に声をかけてしまったのだ。
「我々が知っている作り方は、薬草を煮るだけです。塗り薬はすり潰したものを塗ったりしますが、基本は煮汁と蜜蝋を混ぜて作ります」
「そうなんや。それやったら、うちの作り方はビックリなんやろうな」
「はい。拝見して、どうして試してこなかったのか不思議でなりません」
「まぁ、治ってるんやから、それが普通なんちゃう。薬の改良よりも、治されへん病気の薬があればって思うもんやろうし」
「心優しいお言葉をありがとうございます。これからは、薬草に合わせて作り方を変えて色々試していきます」
宮廷医たちの気合いが、言葉と姿勢から他の人たちに伝染していく。
みんなの顔に嫌気さは一切なく頑張ろうという真剣な面持ちに、教える立場のアユカも身が引き締まった気分だった。




