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「陛下! お願いします! 助けてください!!」


言いながら土下座をしたフラックスは、頭を床に押し付けている。


「マツリカ様は、陛下のためだけに頑張ってこられたお方。巻き込まれただけです」


「何度、あの女を許せと?」


「誤解です。マツリカ様は1度も悪いことをされておりません」


「叔父の愛人だった時点で、先刻の時に死刑でもよかったんだぞ。それをキャラウェイの慈悲で取り下げてやったんだ」


ふーん、色々あったんやねぇ。


アユカは、最後の1口を飲み干し、椅子から立ち上がった。


「マツリカ様は、陛下を守るために嫌々愛人をされていたのです。マツリカ様のお力がなければ、床に伏せられていた時に暗殺されていたはずです」


「みくびられたものだな。俺の騎士たちが、暗殺者よりも弱いと思われているとはな」


「そういうわけでは……しかし、口添えをして陛下のこともキャラウェイ様のことも守られていたことは事実です」


アユカは、ドアの所で待機している騎士たちに巾着から傷薬を渡した。

騎士たちは、静かに頭を下げている。


「はぁ、驕りすぎなんだよ」


「せ、聖女様!」


シャンツァイの吐き捨てるような声に狙いを変えたフラックスが座ったまま半回転し、アユカに向かって土下座している。


「お願いいたします。マツリカ様をお救いください」


誰もが心の中で「だから、朝食の時間に来たのか。聖女アユカなら救おうとするだろう」と思った。


「なんで?」


「え?」


フラックスの声は、みんなの心の声の代弁だっただろう。

アユカの印象は、快く色々教えてくれる屈託ない笑顔のアユカ、誰とでもフレンドリーに接し怒らない無邪気なアユカなのだから。


実際にアニカは1度も怒っていないから、そう思われても仕方がない。

グレコマやエルダーに怒っていいと言われても、まぁまぁと流していた。

だからこそ、汚れを知らない優しさの塊のように感じたのだろう。


素っ頓狂な顔をしたフラックスの瞳には、何も変わらないアユカが映っている。


「せ、聖女様は慈悲深いお方で……」


「んー、うちはなんちゃって聖女やから。それは適応せーへんねん」


「ど、どうしても助けていただけないのですか?」


「うん。うちがマツリカを助ける道理はあらへんやん。それに、シャンが決めたことに異議を申し立てることせーへんよ」


「し、しかし、マツリカ様に罪はないんです」


「いや、罪なかったらシャンは何もせんやろ」


辛そうに唇を噛み、手を握り締めたフラックスが、勢いよく立ち上がりアユカに飛びかかった。


驚きや焦りは、アユカからは微塵も感じられない。


ひどく冷静に見えるアユカが拳銃をフラックスに向けたと同時に、拳銃の前には2本の剣が交差していた。

2本の剣は、グレコマとエルダーだ。


その向こう側にフラックスの首がある。


1秒にも満たない時間の出来事に、メイドたちは言葉を失っている。


「うちを人質に交渉したかったんやろうけど、悪手やで。ここに嘆願しにきたこともや。ホンマに助けたいなら、マツリカ連れて逃げたらよかったんや。逃してもらえるかどうか分からんけどな。それに、うちを襲おうとしたんやから、フラックスはもう自由に動けんなった。ホンマに何してんねんって感じやわ」


「はっ。マツリカ様の言う通りですよね。あなたは優しいふりをして優しさの欠片もない。マツリカ様を野蛮と罵り、キャラウェイ様を犬扱いしていた王妃たちにそっくりです」


知らんがな。

うちの言葉のどこから、そこに行き着いたねん。


グレコマが一驚を喫しているドア前の騎士たちに視線を投げると、騎士たちは慌ててフラックスを拘束した。


剣を鞘に収めたグレコマとエルダーが、ジト目をアユカに向けてくる。


「なんでそんな目で見るん?」


「別にっす」


「このお転婆娘がって思ってないって」


「そうっす」


それ思ってる時の言い方やから。


「攻撃よりも防御できないのか、なんて思ってないって」


「はいっす」


「最大の防御は攻撃やん」


グレコマとエルダーの眉間のシワがシンクロしている。


「頼むからお転婆止まりでいてくれよ」


「怖いっすー」


「シャン、この2人ひどぃ……」


え? なんかめっちゃ恐いんやけど。

シャンの周りが真っ黒で、その暗闇から悪霊が飛び出して来そうなほどのホラー絵図なんやけど。


シャンツァイが、ゆっくりと立ち上がった。


シャンツァイの機嫌の悪さを感じ取った全員が直立不動になるが、クレソンだけは泣きそうな顔でシャンツァイに付き従っている。


「フラックスを地下2階に。俺が担当する」


「か、かしこまりました」


シャンツァイがアユカの横を通り過ぎる時に、顔や瞳を合わせることはなかったが、頭を軽く撫でてきた。


いつ怒りが爆発してもおかしくない不機嫌さなのに、アユカに触れた手は優しく、アユカの中の恐怖心は消え去っていく。

畏敬が拭われたアユカだけは、笑顔でシャンツァイたちを見送った。


息をすると肺が痛いほどの冷たい空気が去った食堂にはいつもの活気が戻り、各々動き出している。


アユカは毎日伝えているご飯のお礼を今日も言い、寝坊してできなかったお祈りをしに祈祷室に向かった。


「第2の隊長はアキレア副隊長に戻るっすかね」


「どうだろな」


「ん? アキレアが隊長やったん?」


「元々はな。んで、第1の副は俺だったんだ」


「サフラワーが王になった途端、編成を変えたっすよ。それがあったから、タンジーがジェイダイト宮殿の使用人を少しずつ入れ替えてたことに気づけなかったんすよ」


「キャラウェイ様の宮殿やんな?」


「ああ。アユカ様が見つけてくれた暗殺者たちの配属先だよ。それで分かったんだよ。全員を自分の手の内の者に変えてたって」


「でも、ニゲラだけは変えることができないっすからね。考えあぐねている時に、ニゲラがマツリカを注意したそうっす。その後からニゲラは虐められていたらしいっす」


「最低やな」


「ニゲラの虐めがあったから、今回キャラウェイ様はマツリカのことを庇わなかったんだろうな」


「そうっすね。いくら病を患っている母親の世話をしてくれたタンジー一家だとしても、腹心を虐めてたとなると庇えないっすよ」


2人がお喋りなのか、うちが聞こうとせんからわざと話してるんか。

後者なんやろうなぁ。

興味がないから聞かへんだけなんやけどな。


「これで、やっと一掃できるんだな」


「でも、皆殺しじゃないっすよね?」


「処刑は反逆に関わってた者たちだけだからな。家族は財産没収で終わり」


「あれ? マツリカは?」


「財産没収の方っすよ」


「フラックスの様子から処刑なんやと思ってた」


「まぁ、自分1人で何もしたことないお嬢様が、庶民と同じ生活できないだろうからな」


ホンマもんのアホやったんやな。

庶民暮らしができへんくって、マツリカは働かれへんと思うなら養ってあげればよかったねん。


「そういえば、なんでフラックスは『マツリカ様』やったん?」


「騎士隊に入るまでは、タンジー家の騎士だったすよ」


「行き倒れてたところをマツリカに拾われたらしい」


恩を感じてたんか、マツリカを好きやったんか。

両方やったんやろうなぁ。


祈祷室に着き、今日は遅くなったからと、いつもは1曲のところ2曲弾いた。

弾き終わると、窓から差し込む日差しが煌めいたような気がした。




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