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心地のいい朝に2度寝したい気持ちを堪えて、目を擦りながら起き上がった。
「おはようございます、アユカ様」
「おはよ……お腹空いた……」
チコリの笑っている顔を眺めながらベッドから降り、両手を上に突き出して体を伸ばす。
「昨日のデートは楽しかったですか?」
「うん、めっちゃたのし……」
あー! 昨日、デート!
うち、シャンとキスしたー!
何よりも鮮烈だった昨日のキスを思い出して、無意味に高速で足踏みした後、膝とお腹の間に顔を隠すように床に丸まってしまった。
「アユカ様、大丈夫ですか?」
「大丈夫やけど大丈夫ちゃう。恥ずかしくてシャンによう会わん」
「それは、シャンツァイ様の機嫌がいいことと繋がりそうですね」
「シャンはいつも機嫌いいやん」
「そんなことありませんよ。誰かを殺してもおかしくないほど、機嫌が悪い日の方が多いですよ。でも、確かに私が拝見する中で、アユカ様といらっしゃる時は楽しそうに見えますね」
「そうなん?」
「はい。ですので、シャンツァイ様が楽しみにされている朝食の時間がなくなると悲しまれると思うんです」
「うっ……」
「シャンツァイ様を蹴落とそうとする輩は、まだ残っていますからね。心休まる時間は、アユカ様との時間だと思われます。以前は執務されながら朝食も夕食も済まされていましたから」
「……用意するわ」
アユカは自身に『クレネス』をかけてから着替え、チコリに髪の毛を整えてもらう。
どんな顔して、シャンに会ったらいいんやろー。
こんなに恥ずかしいんは、めちゃクソエロいキスのせいやー。
ドスケベのシャンのせいやー。
準備している間も食堂に向かう間も、アユカの心の中は竜巻が起こっているようにグルグルのグチャグチャだった。
そんな気持ちを食堂の扉の前で深呼吸をして落ち着かせようとしたのに、グレコマとエルダーがすぐさま扉を開けてしまった。
待ってやー!
それもそうだ。2人に待ってほしいなんて伝えていない。
2人は、今日はアユカが朝からおかしいとしか思っていなかったのだから。
どどどうしよう!
足が動かへん!
目を開けることすらでけへん!
「立ったまま寝たっすか?」
「アユカ様でも、それは無理だろう」
横に壁があれば立ったまま眠れるよ。
すごいやろ。
「何も反応ないっすよ?」
「押してみるか」
めっちゃいい考えやん。
押してくれたら動けるかも。
思いっきりグイッときてくれていいで。
動きたいからこそ力んだのに、体に力が入ったせいで動かざるごと山の如しばりに体が強張ってしまっている。
押されるのを待っていると、数個の足音とドアが閉まる音がした。
「アユ、おはよう」
シャンツァイの声が聞こえて、体がみるみる熱くなっていく。
生活の1部のように聞き慣れたシャンツァイの笑い声が聞こえてくる。
「目を開けないとキスするぞ」
衝撃的な言葉に限界まで目をカッ開くと、握り拳で口元を隠すように笑っているシャンツァイに頭を撫でられた。
「残念。次の機会が楽しみだ」
朝から倒れそー!
いや、もう、恋愛の達人すぎん?
ご教授願う立場やけど、教えられても実践できる気がせーへん。
ゆくゆくは迷える子羊を救うとか思ってた自分が浅はかすぎたわ。
でも、うちは恋愛という海に溺れることなく、華麗にバタフライで泳げるようになりたいねん。
今は必死にビート板にしがみつくことしかできへんくても、いつかあの筋肉が美しく見えるバタフライをこの手に掴み取るねん。
って、シャンは、うちで物足りひんとかないんかな?
面倒臭いとか思ったりしてないんかな?
うち、シャンに捨てられたら、シャン以上の肉体美を探せる自信ないんやけど。
リンデンも既婚者やったもんな。
筋肉ある人から結婚してく。くぅ。
はっ!
シャンに、うちの現状を知ってもらっとくべきやわ。
それが1番いい解決方法やわ。
「シャ、シャン、あのさ」
「どうした?」
「うち、シャンが初めての彼氏で、男女のあれこれって本での知識しかなくて、やから、昨日の本物のキスがめちゃくちゃエロ……ちゃうくって、想像以上のもので対応できへんかったねん。
でな、今後もきっと意識無くすこともあると思うし、鼻血を出すこともありそうで。やから、その度に色々煩わせると思うけど、全部よろしくお願いします!」
最後は宣言するように、大声で言い切った。
鼻で笑ったシャンツァイの甘く柔らかい表情が幸せそうに見えて、泣きたくなるほど胸が締め付けられる。
「ああ、全部俺に任せてろ」
「うん」
「まずは寝室から一緒にするか」
「うん……まだ早い!」
「ククッ」
寝室一緒なんて結婚してからやから。
同衾なんて、ただれた生活を送ることになるはずやもん。
今はまだ、そんなん恥ずかしいやんか。
「新婚やから」って言い訳が必要やわ。
「ご飯食べるか」
「うん。もうお腹と背中が引っ付きそう」
「いっぱい食べろ」
食堂に入ると生暖かい目で見られ、解放されたはずの羞恥心が再び襲ってきた。
ご飯に集中して黙々と食べることしかできず、気づけばぽっこりお腹になっていた。
「昨日のことをモナルダと話し合うから、数日中にアユとも話したいってなると思う。特に必要な薬草を聞かないとだからな」
「分かった。いつでもいけ一一
そろそろ朝食の時間も終わるだろう時に、けたたましい音と共に、今にも倒れそうな青い顔をしたフラックスが入ってきた。
フラックスが力任せに開けただろうドアに、フラックスを止めようとしていたっぽい騎士たちが肩で息をしている。
フラックスにも騎士たちにも、小さな傷が所々についている。




