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「シャン、後でお金渡すな」
「いい。お小遣いから引いておく」
「絶対やで。それはプレゼントなんやから、絶対に引いといてな」
「分かってる」
シャンツァイは、おかしそうに微笑みながら頷いている。
アユカは、鑑定したままカメ少年を見た時に気になったことを、シャンツァイに尋ねてみた。
「なぁ、シャン。ブルティーリ人ってなに?」
「もしかして、あの坊主がそうだったのか?」
「うん」
「ブルティーリ人とは、今はもういないとされている遊牧民だ。稀有な存在で、彼らは時々奇跡を起こしたと言われている」
「ふーん。特別な魔法でも知ってるとかかな?」
「俺もそう思ってたが、さっき説明された特殊な技法がそうなのかもな。防具は本物だったから買ったんだろ?」
「うん。魔法陣が使われてるだけで、特殊な技法は何か分からんかったけど」
「なるほどな。アユ、俺らの知識では魔法陣はあると伝わっているくらいだ。使える者をアユ以外知らない」
「そうなん? 召喚された時、魔法陣やったで」
「ああ、グレコマから聞いている。大方、キアノティスが召喚の魔法陣を見つけ出したんだろう。昔から噂だけはあったんだよ」
「そうなんや。でも、魔具は? あれって魔法陣を組み込んでるんちゃうの?」
「あれらには、魔術法と魔数式を組み立てた魔術式が用いられてんだ。火を灯すなどは簡単な魔術式だが、食べ物を温めるとなると複雑な魔術式が必要になる。複雑になればなるほど魔術式が長くなるため、扱える者は少ないんだ」
「やったら、あのお店流行ってもいいと思うんやけどなぁ。めちゃくちゃ珍しい魔法陣のお店ってことやん。たった1回の揉め事で閑古鳥って可哀想やわ」
「店側は魔法陣のことは隠してるからな。それに、魔法陣の知識なんて普通はないんだよ」
「やからって、勿体無いわぁ」
ブツブツ言うアユカだったが、クレープ屋を見つけて、思わずシャンツァイの手を引っ張ってしまった。
もうアユカの頭の中で、カメ少年は隅に追いやられたのだ。
「食べるか?」と言ってくれたシャンツァイと、念願のクレープ食べ歩きをすることになった。
「どれにする?」
シュガーバターも捨て難いけど、可愛いイメージのある苺にするべきよな。
だって、今日は初デートやもんな。
苺クレープは、クリーム増し増しもあるんか。
いや、大口開けるんはあかんよな。
でも、どうせならクリーム増し増しを食べたいよな。
さっきパスタいっぱい食べる姿見られたしな。
取り繕う方が変ってことで、クリーム増し増し苺クレープにしよ。
葛藤した意味は? と聞きたくなるような、食欲には勝てないアユカである。
シャンツァイも食べるようで、ツナマヨサラダを注文していた。
そういえば、さっきもデザート食べてなかったな。
シャンって甘いもの食べへんよな。
嫌いなんかな?
先にツナマヨサラダが渡され、クリーム増し増し苺クレープも出来上がった。
手は繋いだままなので、張り切って片手で食べながら移動する。
嬉しい! 夢が叶ったよ!
でも、クレープでもう1つあるねん。
食べさせ合いをしてみたいんよ。
「あ、あのさ、シャン」
「どうした?」
「あ、あの、食べ、食べさ一一
「ん? 口の横に付いてるぞ」
マジで!? なんていう失態を!
手が塞がっていてハンカチで拭くことができないので、舌で必死で舐め取ろうとした時、シャンツァイに舐められた。
「あまっ」
ななななななななななめられたー!!!
ししし舌ぶつかったって!
一瞬すぎて感触とか温度とかも全然分からんかったけど、シャンの髪の毛が顔に当たったし、舌に舌と思われるものがぶつかったもん!
「まだ取れてないな」
アユカの思考が花火大会を行なっている間に、シャンツァイは舐め取り残しをもう1度舐めて取り除いた。
いいいい今、舌が唇に触れたー!!!
今度はちゃんと分かったー。
え? え? これはなに?
これってファーストキスになるん?
え? え? 夜景が見える丘は?
「ひどい……ファーストキスやったのに……ファーストキス……」
「悪かった。でも、今のはカウントするな。キスみたいなもんでキスじゃねぇから」
「そうなん? 唇触れたやん」
「説明は無理だな。帰りに本当のキスをしてやる。だから機嫌直せ」
ほほ本当のキスって、なに!?
響きが、すでにやらしいんやけど!
って、帰りにキスすんの!? キスしちゃうの!?
鼻で笑ったシャンツァイに頬にキスされた。
3段階攻めにアユカの頭はとうとう噴火し、シャンツァイの「機嫌直ったな」という声は聞こえていなかった。




