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「キャラウェイ様、お目覚めですか?」
「うん、聖女は来たの?」
「はい、一応ですが……」
一応で合ってる。
うち、たぶん誰よりも一応の聖女。
「本当に!!」
マツリカの体を避けるように顔を覗かせた男の子と、目が合った。
赤い瞳は大きく、女の子と間違えてしまいそうな可愛い男の子だ。
犬っぽくて愛嬌がある。
うーん……うちさ、恋したいねん。
でも、定番の王子様と恋をするみたいなんは無理そうやわ。
可愛い子やと思うけど、ときめきはない。
それに、あの男の子10歳くらいかな?
年齢でもアウトやわ。
んで、エルダーは同じ歳っぽいけど好みちゃう。
うちより強い人がいいねんな。
となると、緑色のドレッドヘアが今のところ見込みありか?
筋肉好きやしな。
でも、他の騎士たちの体も素敵やからなぁ。
そんな今考えなくてもいいことを考えている間に、キャラウェイが目の前まで走ってきた。
期待を込めた瞳で見られ、笑顔を返した。
「聖女様! お待ちしてました!」
「お待たせしました。遅くなりごめんなさい」
「いいえ! 来ていただけただけで嬉しいです!」
可愛いー。
おやつを欲しがる子犬みたい。
ワシャワシャ撫でたい。
衝動のままに頭を撫でようと伸ばした手を、マツリカに叩かれた。
先程のエルダーとは違い、痛くはない。
ただ少し驚きはした。
「あかんの?」
「馴れ馴れしく触ろうとしないで」
あかんのかとしょんぼりすると、キャラウェイがマツリカの服を引っ張った。
「マツリカ、聖女様に失礼なことはダメだよ」
「しかし……」
「聖女様、思う存分触ってください」
いいん?
めっちゃ睨まれてるけど、ホンマにいいん?
戸惑いながらも欲望には勝てず、キャラウェイの頭を撫でた。
優しく撫でて、柔らかい髪の質感を楽しむ。
癒されるー。
ん? 右の手の甲に模様がある。
これが印か。
ハムちゃんのマークは鳥なんやね。
「へへ」
嬉しそうな声が聞こえたが、頭を差し出されている体勢なので顔は見えない。
嫌がられているわけじゃないと分かって、もっと撫でようとした時、軽く肩を叩かれた。
「聖女様、そこまでで」
止めるよう声をかけてきたのは、常にキャラウェイの隣にいた、灰色の短髪のゾウっぽい青年だった。
言われた通り、ずっと撫でているわけにはいかないので撫でることを止めて、キャラウェイと視線を合わせるためにかがんだ。
「王子様、ありがとうございました」
「いいえ! 僕もありがとうございました」
キャラウェイの頭を軽くもうひと撫でしてから、立ち上がった。
もちろん笑顔は返している。
「とりあえず、推測するに今って夜中やんね」
マツリカではなく、騎士たちに尋ねるように聞いた。
ゾウっぽい青年が答えてくれる。
「そうです」
「何が何だか分からんから色々聞きたいけど、明日の朝にせーへん?」
うちが遅かったせいやけど、みんな休憩した方がいいと思うねん。
「かしこまりました。キアノティス陛下たちに報告し、部屋に案内してもらいましょう」
ようやく儀式をしていただろう部屋から出られた。
へー、漫画とかでよく見るお城の廊下って感じ。
廊下には等間隔に花を生けた花瓶があって、長い絨毯が敷いてある。
ハムちゃんに会ったことも本当で、異世界に来たことも本当なんやなぁ。
辺りを見回しながら歩いていると、着物の袖を引っ張られた感覚がした。
下を見ると、眩しいくらいに輝いた顔をキャラウェイに向けられていた。
「僕、キャラウェイと申します。聖女様、名前を教えてください」
「アユカですよ」
「アユカ様って呼んでいいですか?」
「もちろんです」
「あ、僕にも敬語なしで話してください」
「やったら、キャラウェイ様も敬語なしにしてな」
「分かり……分かった」
マツリカにめっちゃ睨まれてるー。
王子様が敬語いらんって言うから、うちは従ったまでやからね。
宴会場だっただろう部屋には、片付けをしているメイドしかいなくて、キアノティス陛下たちはもう就寝していると教えてもらった。
すぐにメイドに報告されただろう執事がやってきて、支度されていた部屋まで案内してくれた。
キャラウェイたちは少し離れたところに部屋があるそうで、アユカの部屋の前で別れている。
やっと着物脱げるー。
息を吐き出しながら脱いだ着物を、丁寧に畳んだ。
ダサいと思っていても高い着物だと分かるから、乱暴に扱うことができない。
お金持ちの家で育ったが、大勢の組員を養っていかなくてはいけなかったので、節約生活が身に染みついているのだ。
これって、この世界でも売れるんかな?
他の服が欲しいなぁと、下着姿のまま窓際に行き、空を見上げた。
月が2個かー。
三日月と寝待月ってことは、合わせたら満月になるな。
星もめっちゃ見える。
この世界で生きていくのかと漠然と思いながら、期待も不安もないままキングサイズだろうベッドに潜った。
霧島たち、大丈夫かな。
うちを守れんかったって、大目玉喰らうくらいで終わってたらいいな。
みんなと、もっと色んなことしとけばよかったなぁ。
ハムちゃんに写真欲しいって言ったらもらえたんかな。
家族や霧島を思い出し、目を閉じると涙が落ちてしまった。