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初デート当日になり、チコリが気合いを入れて支度してくれた。
いつもはズボン中心のアユカだが、この日ばかりはシフォンスカートを履き、サッシュブラウスを着た。
目元だけ軽く化粧をしてもらい、髪の毛は緩く巻いてもらっている。
「大丈夫やんな? シャンの横に立ってもおかしないやんな?」
「大丈夫ですよ。ものすっごく可愛いです」
「そっか。チコリ、ありがとう」
「いいえ、アユカ様は元から可愛らしいですよ。楽しんで来てくださいね」
「うん、ありがとう」
今日は朝食を別々に食べ、ロッククリスタル宮殿のエントランスで待ち合わせをしている。
デートといえば待ち合わせから始まるもの、と思っているアユカからの発案だ。
楽しみを抑えきれないアユカの足取りは軽い。
浮き足気分でエントランスに行くと、白に黒のダメージTシャツを重ね着したシャンツァイがいた。
下は、ダボついたジーパンを履いている。
いつもラフな格好をしているが、ここまでのラフではない。
仕事で出掛けるんじゃないと分かる格好がプライベート感が強くて、今まで感じたことのない喜びが湧き上がってきた。
大人しくしたいのに飛び跳ねたいような、動きたいのに体が言うことを聞かないような、心と頭と体がチグハグな感じなのだ。
嬉しいのに恥ずかしくて逃げ出したくなる。
「おはよう。今日も可愛いな」
はふー! いいいいきがとまりそう!
「おおおはよぅ。シャシャシャンは、カッコいぃ……」
「眼鏡かけてる方がいいのか?」
「ちちちが、どっちでもカッコいいよ」
シャンツァイに鼻で笑われ、髪の毛をすくように頭を撫でられた。
手を繋がれ「行くか」の言葉に、機械のように頷くことしかできない。
街までは馬車で移動するようで、馬車の前でアキレアが待っていた。
アユカは馬車に乗る前も深呼吸し、乗ってからも何度も深呼吸をしている。
「シャンの眼鏡姿は変装ってこと?」
「一応な」
緊張ばかりしていては勿体無い。
デートというものを楽しむためには、早くデートに慣れなくてはいけない。
そう思って話を振るが、会話を続けることができないでいる。
なぜなら、話しかけると同時にシャンツァイと目を合わせるのだが、面白がっているシャンツァイが甘く見てくるのだ。
そのせいでアユカの頭は、瞬間湯沸かし器よりも早く沸騰してしまい、何も考えられなくなってしまう。
つまり、返事の返事ができないのだ。
広い馬車なのに腰をもたれて座っていることも、すぐに頭が沸騰してしまうことに要因している。
何回も訪れる沈黙中、アユカは「恋愛系のスキルってあったんやろうか。ハムちゃんに聞いて、スキルつけてもらえばよかった」と、逃亡してしまいそうな衝動を手を握りしめて耐えていたのだった。
「海外みたい!」
馬車を降りて、中央にある大通りにやってきたアユカの第一声だ。
瞳を輝かせ、必死に顔を動かしている。
ここに来るまで、繋いでいる手とシャンツァイを交互に見ては、耳を真っ赤にして顔を背けていた。
その姿は、もう跡形もなく消えている。
「楽しいか?」
「うん!」
うら恥ずかしさは変わっていないが、楽しさが小恥ずかしさを上回り、素直に笑うことができた。
それでもシャンツァイの甘く柔らかい笑みには、頬を染めて目を逸らしてしまいそうになる。
「のんびり歩いて、気になった店に入るでいい?」
「好きにしたらいい」
「うん、ありがとう」
どこも1階がお店で、2階は居住区っぽいなぁ。
とんがり三角屋根で、長方形の窓は上だけ丸くて可愛い。
そして、建物や窓の転落防止柵に植物が絡まってる。
海外旅行のパンフの写真にありそうな街並みやわ。
めっちゃワクワクする。
「そういえば、シャンはキャラウェイ様のプレゼント決まってんの?」
「いいや。そもそもあげたことないしな」
「んじゃ、一緒に探そ。シャンからもあったら絶対嬉しいと思うし」
「ああ、そうだな」
服飾店や文房具店、本屋や宝飾店などに入ってみたが、必要なら持ってるだろうという結論になり購入まで至らない。
たくさんのお店を巡り、気づけばお昼時を過ぎていた。
何を食べるかの選択でアユカは「パスタ!」の1択だった。
デートって、パスタなんやでな。
でも、ミートソースは服に飛んだら悲惨なことになるって、雑誌に書いてた。
カルボナーラかペペロンチーノがいいらしいんよね。
全部好きやから問題ない。
それに、初デートで牛丼やハンバーガーはNGってなってた。
大口はあかんらしいからな。
でも、次のデートではいいんやんな?
あるんか知らんけど、牛丼もハンバーガーも食べたい!
ってか、オープンテラスのお店をチョイスしたシャンが天才やわ。
オープンテラスってお洒落やから憧れてたんよねぇ。
「肉じゃなくてよかったのか?」
「今日のうちは1味違うねん」
「どれ」
言われるや否や、頬を舐められた。
アユカが叫ぶよりも先に、周りから悲鳴が起こった。
「妹じゃないの」「やっぱり彼女かぁ」と残念がる声も聞こえてくる。
めっちゃ見られるから、みんな王様に気づきながらも「お忍びやろうから見るだけ。そっとしとこ」って、気を遣われてるんかと思ってたのに。
そうやなくて、王様って気づいてなく、ただ単にシャンがカッコいいから見られてたってことやん。
くぅ! うちの彼氏、凄すぎるわー。
服着ててもカッコいいけど、服脱いでもカッコいいんやで。ええやろ。
「何、ニヤけてんだ?」
さっき舐められたところを壊れ物を触るかのように撫でられ、緩んでいる口元を指で押された。
デートだから少食になろうと決めていたアユカなのに、恥ずかしさで思考回路が壊れてしまい、意識が戻ってきた時にはお皿が積み上がっていた。
お店の人さえ笑顔を引き攣らせている中で、シャンツァイだけは朝から変わらず甘く微笑んでくれている。
なんやろ、これ。なんやろ、これー。
めっちゃドキドキする。
シャンにはいつも心臓痛いくらいドキドキさせられるけど、そのドキドキとなんかちゃうねんな。
キュウって感じやねん。
一体、何なんやろか?
恋の矢が刺さる時はキュンやもんな。
ドキドキして、キュウって……
食べすぎて血圧上がりすぎたんやろか?
でも、まだ入るんやけどなぁ。
「考えるためには、頭に糖分必要やわ」と、少食計画は頓挫したのでデザートまでしっかり食べた。
お会計はいつの間にかシャンツァイが払ってくれていて、付き合った人は1人でも遊ぶ女の子はいっぱいいたはずと、シャンツァイの遊び人像がアユカの中で更新されたのだった。




