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アユカの横に立ち止まったシャンツァイは、アユカの頭に触れるか触れないかくらいの優しさで頭を叩いてから、手を置いてきた。
出会い頭にサラッと触ってくるー!
しかも、頭ポンポンー!
都市伝説かと思ってた!
「兄上!」
「キャラウェイ、訓練は順調か?」
「はい! 頑張っています!」
シャンツァイは頷いただけだが、キャラウェイは喜びが顔中に溢れている。
微かに微笑んだシャンツァイは、アユカを見てきた。
「リンデンが首を長くして待ってるんじゃないか?」
「今から行こうと思ってたよ」
「それなら行くぞ。俺も新人を見に来たからな」
「あ! ちょっと待って」
シャンツァイの手を頭から退けてもらい、アユカは巾着から栄養ドリンクを取り出した。
「これ、飲んでみて」
ニゲラに差し出すが、困惑の面持ちを向けてくるだけで受け取ってくれない。
キャラウェイが、不思議そうな顔をして栄養ドリンクを見ている。
「アユカ様、それはなに?」
「疲労回復の栄養ドリンクやよ」
ニゲラの状態やと青汁やプロテイン……あ! 筋肉つけたいんならプロテインやん!
でも、あれってどうやって作れんの?
「ニゲラに必要なんですか?」
驚いたように聞いてくるクレソンに、アユカはしっかりと頷いた。
「うん、寝てたシャン並みにヤバいよ。栄養も足りてないみたいやし」
「どういうことですか? ニゲラ、ご飯食べていないのですか?」
ニゲラが、顔を青くさせながら俯いた。
何かに耐えるようにズボンを握っている両手が、小刻みに揺れている。
「ニゲラ、答えなさい」
「その……あの……」
うん? よく見ると、この2人似てるな。
だから、ニゲラを見たことあるような気がしたんやね。
言い淀んでいるニゲラが、一瞬マツリカを見たような気がした。
眉や目尻を下げたキャラウェイが、ニゲラの手を掴んだ。
「ニゲラ、何かあったの?」
「いいえ、何もありませんよ」
こんな小さい子が無理して笑うとか、心が痛くなるわ。
何かあるんは確実やろうけど、今ここでは何も話さんやろうな。
助けを求めることができへん子供がする顔やもんな。
親が堕ちるとこまで堕ちた子供は、こんな風に笑ってたな。
「何もないんやったら、ちゃんとご飯食べなやで。とりあえず今は、これ飲んで元気だし」
押し付けるように渡すと、どうにか受け取ってくれた。
困ったような申し訳なさそうな顔を向けられるが、アユカに引く気はない。
「その瓶は返してほしいから、早く飲んで」
「あ、はい」
無理矢理感が強いけど、これで飲んでくれるなら印象が悪かろうがかまへん。
飲み終わったニゲラが、目を見開いたまま、空瓶とキャラウェイとクレソンを順番に何度も見ている。
クレソンは、そんなニゲラの肩に手を置いて、愛おしそうに目元を緩ませた。
「困ったことや分からないことがあったら相談するんですよ。この兄が解決してあげますからね」
問題が解けた。兄弟やってんね。
そりゃ似てるはずやわ。
泣きそうな顔を隠すように俯いてしまったニゲラは、顔を大きく横に振って、真っ直ぐにクレソンを見上げた。
「いえ、お兄様の手を煩わせるようなことはありません。私は大丈夫です」
「ええ、ニゲラは大丈夫だと思います。でも、兄がいることを忘れないでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
ニゲラから瓶を返してもらい、シャンツァイたちとその場を後にした。
マツリカがずっと頬を赤らめてシャンツァイに話しかけようとしていたが、シャンツァイは1回もマツリカを見ようとしなかった。
気づいていないはずないのにだ。
そもそも視界に入れないようにしていたような気がする。
グレコマが言っていた「いないものとしている」が、よく分かる場面だった。
「あ、シャン。今日の夜は一緒に食べられそう?」
「ああ」
「よかった。キャラウェイ様を誘ったから、みんなで食べような」
「そうか、喜んだだろう」
「うん、喜んでた。ってか、今更やけどなんで別々に食べてんの?」
「色々忙しかったんだ」
「やったら、うちとしてるみたいに、これから時間合う時は一緒に食べようよ」
「アユがいいのなら」
「いいに決まってるやん」
歯を見せて笑うと、小さく微笑んでくれた。
奥に近づくにつれ、リンデンの怒号もよりはっきりと聞こえてくる。
顔色がなくなっていくエルダーをグレコマと笑い飛ばし、新人育成をしているリンデンの元にやってきた。
声で空気が震えてるとか凄すぎる。
シャンツァイがいるので、新人たちは途端に緊張してしまい、リンデンの一喝する声が大きくなったのだ。
邪魔をしないように区切りのいいところまで待つことになり、アユカは腕を組んで舐め回すように新人たちをチェックすることにした。
ん? んん?
「なぁ、シャン。騎士になるためには面接ってするんやんな?」
「そうだな」
「その時って身元調査までしたりするん?」
「……どうしてだ?」
アユカたちの後ろでは、グレコマたちが顔色を変えず目線だけ合わせている。
「突拍子もないこと言うんやけど、新人の中に雇われ暗殺者がおるねん」
「……どいつだ?」
「右奥にいる黄緑色の髪の人」
「他には?」
「おらんよ。でも、ここに来るまで諜報員は数名おったで。ちゃんと見たら暗殺者もまだおるんかも」
「アユ、昼から俺が全員を相手しようと思う。その時にそういう奴らがいたら、クレソンに伝えてくれ」
「分かった」
「褒美に訓練中は上半身裸でいてやる」
「マジで! 最高のご褒美やん!」
飛び跳ねて喜ぶアユカにシャンツァイは鼻で笑うが、残りの3名はそれどころではない。
諜報員くらいなら問題ない。
排除してもすぐに現れるし、金を積まれると話す人間だっているからだ。
防ごうと思っても、出入りが多い王宮では中々難しいものだ。
だから、敢えての情報操作をしたりしている。
問題は、暗殺者がいることだ。
それに、クレソンの記憶では黄緑色の髪の男の所属はキャラウェイの宮、ジェイダイト宮殿の警備担当だ。
先程のニゲラの件もある。
「確実に何かありますね」と、クレソンは瞳を妖しく光らせていた。