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浮遊感が訪れ、次の瞬間にはお尻に衝撃が走った。
「った!」
落ちた? 転けた? 一体、何やねん。
座った状態で辺りを見回すと、大きな部屋の床に描かれた魔法陣の真ん中にいることが分かった。
天井にはシャンデリア、壁には間接照明があり、部屋は明るい。
あれが家電じゃなく魔具かぁ。
普通に照明やん。
いや、照明はインテリアか。
立ち上がろうとして、着ている服が目に留まり、大声を出してしまう。
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
うそやー!
なんでよりにもよって、死んだ時に着てた着物なん?
これお見合い用で、真っ黒な生地に登り龍やねんで。
はっっずっ!
「やっと来た」
「ん?」
呆れ返ったような声が、後ろから聞こえてきた。
振り返った先には、赤い瞳で、茶色の髪をツインテールにしている鹿っぽい顔の同年代の女の子が立っている。
服装はミニスカートにニーハイで、レース多めのメイド服だ。
睨まれているが、女の子の睨みなんて怖くない。
どれだけ人相が悪い人たちと一緒に暮らしていたか。
それでも、いい気分ではない。
立ち上がり女の子に向き直ると、女の子の肩越しに壁に寄りかかって眠っている男の子が見えた。
天パのようなクリクリの銀髪をしていて、目を閉じているが、きっと可愛い顔なんだろうと分かる顔立ちをしている。
その男の子の横には、護衛だろう騎士が5名立っている。
全員、赤い瞳だ。
何も知らんふりした方がいいんやろうか?
「自分、誰?」
いや、そんな驚かれても……
見知らぬ場所に見知らぬ人がおったら、普通は聞くもんちゃうの?
「あなた、記憶ないの?」
「あるけど、なんで?」
「だって今、自分のことが分からないって」
あー! 関西弁あるあるー!
自分 イコール あなたってことやから!
やっぱ通じへんのかー!
「それはごめん。うちが住んでたとこでは、相手のことを自分って言うたりすんねん」
「……他の聖女たちと違って、あなた独特なのね」
ってことは、方言使う聖女はおらんのか。
その子らは神様に会ったこととか言うたんかな?
うーん、分からん。
「他の聖女はどこにおるん?」
分かりやすいため息を吐かれて、首を傾げるしかない。
「あなたが遅いから、他の人たちは宴会場に移動したわ。まぁ、宴会も終わって眠っていそうな時間よね」
そうなんか。ハムちゃんと話しすぎたんやろな。
「ごめんな。うちのことは待たずに、宴会に参加して寝てくれててよかったのに」
「そうしたかったわよ! こんなに失礼な聖女だと知っていたら待ってなかったわ!」
うち、何か失礼なこと言うたかな?
いつもなら「待つのは当たり前やろ」って言う場面やけど、これからは自分を偽らず、思ったことを言おうと決めたからな。
でも、正直に言い過ぎるんはあかんのかな。
気をつけよう。
「すみませんでした。待っていてくれてありがとうございました。ってことで、休憩した方がいいやろうから移動しよ」
「ちょっ! 待ちなさいよ!」
待たせて疲れさせただろうから早く休憩をと、急いで歩き出そうとした。
だが、誰かに力強く腕を掴まれ、歩みを止められた。
突然のことだったので無意識に体が動き、前世で教えられた護身術を使って、腕を掴んだ人物を投げてしまった。
「ったー」
「あ、ごめん」
腰を打ちつけて顔を顰めている少年は、焦茶色のオールバックに、猿っぽい顔をしている。
見た目もひょろっとしている。
少年を投げてしまったお詫びに、体を起こす手伝いをしようと手を伸ばした。
「エルダー。女の子相手だからといって気を抜きすぎだ」
手を取って立ち上がったエルダーという少年は、罰が悪そうに苦笑いをしている。
エルダーが苦笑いを向けている相手、笑顔で注意してきた筋肉ムキムキの青年を見やった。
緑色のドレッドヘアをしていて、エルダーと同じ制服を着ている。
詰襟のかっちりした制服は暗めの赤色で、ズボンは黒色だ。
腰には、剣を差している。
「お前、強いっすね! 着物もパンチあるっすもんね! すごいっす!」
エルダーに肩を何回も叩かれ、痛くて反射的に力一杯叩き返してしまう。
痛いわ! うち、か弱い女の子やのに!
痛みで顔を歪めるエルダーを、ドレッドヘアの青年が笑っている。
「遊んでるんじゃないわよ!」
めっちゃ怒ってる。
絶対、休憩した方がいいって。
美味しいもん食べて寝たら、怒り収まりやすいんやから。
「マツリカ様、落ち着いてください」
ん? 騎士がメイドに敬語?
「あ、殿下が起きたっす。マツリカが五月蝿いせいっす」
「呼び捨てにしないで!」
殿下が起きたの言葉に、眠っていた男の子の方に視線を向けると、マツリカが駆けていく後ろ姿が見えた。