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祈祷室は元々ライムライトの間と呼ばれていて、ロッククリスタル宮殿で1番陽当たりがいい部屋になる。
アユカの部屋にどうかと提案された場所だが、陽当たりがいい部屋ほど祈祷室にとアユカが決めたのだ。
部屋に入ると、アユカは無意識に拍手をしていた。
壁は白一色で、窓はバコパ・コピアの花模様のステンドガラスになっている。
窓もドアもない一方の壁に祭壇があり、留まっていただろう本から飛び立とうとしている青い鳥の石像が据えつけてある。
ミナーテの本来の姿を知らないので、知恵の神様ということで本を、ミナーテの印という鳥の紋様から青い鳥を連想して、造ってもらったのだ。
石像を挟んで両側の壁一面に、ひまわりが飾られている。
「すっごーい!」
ハムちゃん、喜んでくれたんやろうなぁ。
やから、昨日料理方法まで分かるようにしてくれたんやろな。
祈り方の作法は知らないので、両手を組んで目を閉じて、何度もお礼を伝えた。
チコリたちはアユカを見て、同じように祈っている。
祈り終わったアユカは、琴を完成させるため、材料を巾着から出し仕上げの錬成をした。
もちろん爪もどきも作っている。
錬成を初めて見たチコリが、声にならない声を出していた。
そして、無意識だろう。エルダーの腕を掴んでいたのだ。
アユカは「今度、揶揄ってみよう」とニヤついていたのだが、その反面、緊張もしていた。
久しぶりに弾くから初心者用の難しくない曲で許してな。
緊張をほぐすように深く深呼吸して、出来上がった琴と向き合う。
竜笛と同じで、弾きはじめると指は勝手に動いてくれた。
習いはじめは嫌いだった琴も、弾けるようになってからは楽しくなった。
「会合でよく弾かされたなぁ。じいちゃん自慢しいやったからな」と、家族や霧島の顔が浮かんでくる。
まだ1ヶ月も経っていないのに、もう長らく会っていない感覚だ。
時々、喧嘩をした。嫌なこともムカつくこともあった。
でも、楽しいことや嬉しいことはたくさんあった。
優しくしてくれた大好きな家族だ。
会えなくなった今でも大切な家族だ。
泣き出したチコリの背中をエルダーは撫で、グレコマは開いている窓やドアから遠くまで届くように風魔法を使った。
心が潤っていくような音を、可能な限り色んな人に聴いてほしいと思ったのだろう。
どこか懐かしくある音が、くたびれた心や体を癒してくれる気がしたのだろう。
目を閉じれば、大切な人や家族、故郷が浮かび上がってくる。
忘れてしまいそうになる大切なことを思い出させてくれる音が宮殿内を流れている間、誰もが手を止め、安らぎを覚えていた。
弾き終わったアユカは、大泣きをしているチコリを見て驚いた。
「どうしたん? 大丈夫?」
「アユガザマー、ざいごうでしだ。ずばらじがっだでず」
鼻水で話しづらそうやで。
上手とは言えん演奏で、ここまで喜んでくれて嬉しいわ。
「ありがとうな」
もう話せなさそうなチコリは、顔を横に振っている。
「アユカ様、マジで感動した」
「普段のアユカからは考えられないっす」
「何を言ってるのよ」と泣いているチコリに殴られたエルダーを見て、アユカとグレコマは笑った。
「琴って、この部屋に置いててもいいんかな?」
「よろしいと思いますよ」
「んじゃ、置いとかせてもらお。これから毎日弾くんやし」
「毎日?」
「うん、少し早めに起きて、毎日祈りに来ようと思うから」
「聖女っぽいっす」
学習しないエルダーは、今度はチコリに足を踏まれている。
短時間の2回目となると、「アホやなぁ」と視線を投げかけるだけだ。
笑わなかったグレコマも同じ気持ちだろう。
お茶をするために部屋に戻ろうとしたアユカは、出会う人たち全員から感想を述べられ、初めてグレコマが魔法を使っていたことを知った。
褒められることが、嬉し恥ずかしくて、もっと心込めて弾こうと思ったのだった。
夕食時には、今日はたまたまロッククリスタル宮殿で仕事をしていたというシャンツァイやクレソンからも賞賛され、他に弾ける楽器はないのかという話になった。
「三線が1番得意やよ」
「どんな楽器なんだ?」
「うーん、宴会の時に盛り上げる用の楽器かな」
「興味深いな」
「今度、弾こか」
「ああ」
会話が聞こえている使用人たちからも、心を踊らせている雰囲気が漂ってくる。
「アユカ様、明日は訓練場に行かれるらしいですね」
「リンデンから聞いたん?」
「はい。見るだけにしてくださいね」
「うん?」
「参加してはいけませんよ」
「せーへんよ。騎士についてけると思ってへんもん」
そんな信じないって顔されても。
「午前中ならキャラウェイも訓練しているだろう」
「そうなん? 会いたいから午前中に行こうかな」
「キャラウェイも喜ぶ」
微かに微笑むシャンツァイに、胸の真ん中が温かくなる。
今日家族の顔を思い浮かべたからこそ、キャラウェイを想って微笑んだだろうシャンツァイの顔が尊く感じたのだ。
「シャンは訓練せーへんの?」
「どうしてだ?」
「だってさ、訓練って上半身裸やんな。しなやかな筋肉に纏わりつく汗……はぁ……想像だけでカッコいいやん」
「……時間があれば行こう」
「やった! 待ってるな」
喜ぶアユカに、シャンツァイは目を細めている。
クレソンは「今日もアユカ様が音を奏でるかもとロッククリスタル宮殿にいましたのに。仕事が進まないと、モナルダが怒りそうですね」と密かに思っていた。
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