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夢の中のような現実のよう心地に、少しずつ意識が覚醒していく。
音は聞こえてくるが、まだ目を開けたくない。
カーテンが開いただろうまばゆさに、布団を頭の上まで引き上げた。
「アユカ様、2度寝はできませんよ」
「んー、もう少し」
「ダメですよ。それに、お腹空いていませんか?」
頭の上まで引き上げたばかりの布団から、勢いよく上半身を出した。
今日のチコリの笑顔も可愛くて、元気をもらえた気がする。
「めっちゃ空いてる。なんで?」
「昨日、戻り途中で眠られたそうです。遠出された疲れが出られたのか、ずっと眠られたままでした」
「え? うち、どうやってベッドに……」
「陛下が、ご自分が運ばれると譲られませんでした。アユカ様が大切で仕方がないようです」
は? シャンがここまで……うちが大切って……お姫様抱っこー!!!
え? え? そうやんな?
なんで、うち寝てた!
あれって、めっちゃ筋肉を手近に感じられるイベントちゃうの?!
筋肉ー! 悔やまれる!
獣馬の2人乗りで悶えていたのに、お姫様抱っこで緊張や羞恥に考えが至らないのは、今まで無縁すぎたからだろう。
それに、シャンツァイはお姫様抱っこをした訳ではない。
昨日起きている時に3回も脇に抱えられているのに、そちらに意識がいかないのは、チコリの言い方が悪かったのか、アユカのお姫様抱っこ願望が強いのか、どちらかだろう。
「あれ? 着替えは?」
白いTシャツとチノパンではなく、ネグリジェを着ている腕を見てから起き上がった。
「陛下がされると仰ったのですが、まだ付き合いたての身。恥ずかしいかと思いまして、私がいたしました」
「ありがとう! チコリ」
「陛下にはきつく言っておきましたから、今後は気をつけられると思います」
身支度するためにベッドから降りると、チコリは後ろをついてくる。
「きつくって、チコリはシャンが怖くないん?」
自身に『クレネス』をかけてから、下着まで全て脱ぎながらチコリに渡していく。
用意されている洋服類を着ている間に、チコリはアユカが脱いだ寝着を畳んでいる。
「勤め始めの頃は怖かったですが、今は思わなくなりました。エルダーのような人間を懐に入れられてるんですよ。優しい方だと思います」
「人のこと言われへんけど、エルダーも言葉遣いアレやもんね」
「アレでもマシになった方なんですよ」
鏡台の椅子に座ったアユカの髪を、チコリは笑いながら整えはじめた。
「そうなんや。チコリとエルダーは、いつから付き合ってんの?」
「3年前くらいからですね。元々、エルダーとは幼馴染だったんです。何回も告白されたので折れてしまったんです」
「え? 好きちゃうの?」
「今は好きですよ。当時は弟くらいにしか思っていませんでしたから。そこまで言ってくれるならってことで付き合いはじめたんです」
「エルダーに絆されたってことやね」
「そうなりますね」
うち、今、恋バナしてるー。
夢やってんよなぁ。友達と恋バナって。
厳密にはうちとチコリは友達ちゃうんやろうけど、それでも同年代女子やもんね。
嬉しいなぁ。
夢が1つ叶ったってことやもんね。
「ありがとう、チコリ」
「何がでしょうか?」
「ぜーんぶ」
歯を見せて笑うと、優しく微笑まれた。
和やかな雰囲気の中、髪のセットが終わり、部屋を出ると、待機していたグレコマとエルダーと一緒にダイニングに移動する。
いつも先に来ているシャンツァイに挨拶をして、朝食がはじまった。
「昨日、運んでくれてありがとうな」
「かまわない。それより、アユは軽すぎる。もっと食べろ」
「お腹がぽっこりするほど食べてるよ。今以上食べたら、さすがに吐くわ」
「俺としては、もう少し噛みごたえが欲しいんだよ」
「ん? どういうこと?」
「そのうち分かればいい」
「分かった。そのうち教えて」
「ああ、体験させてやる」
給仕や待機している使用人たちが温かい眼差しで見守る中、グレコマとエルダーだけは能面みたいな顔をしている。
「昨日、祈祷室が完成したそうだぞ」
「ホンマ? 後でお祈りしに行こう」
「何か必要なものはあるか?」
「ひまわり!」
「お供物は?」
「んー、何が好きなんやろ?」
『お琴が聴きたいな』
「ん?」
ハムスターの声がはっきりと聞こえて、天井を右左と見渡してしまった。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
お琴かー。
数年弾いてないんよなぁ。
まだ指動くかな。
ってか、先に錬成せーなやわ。
「なぁ、網に使っている糸が欲しいんやけど」
確か材質一緒やったはず。
網は、昨日見たから大丈夫。
前世と変わらんぽかった。
「……海に行きたいのか?」
「ちゃうよ。祈祷室で使う用の楽器を作りたいねん」
「……用意させよう。他には?」
「木は森で調達するから大丈夫」
「無茶はするなよ」
「分かってるって」
アユカに言っても通じないと思っただろうシャンツァイが、グレコマとエルダーに視線を送った。
2人は心得ていますと示すように、小さく頭を下げている。
アユカは食べながらも「うち、無茶したことないんやけどなぁ」と思っていた。
アユカは網用の糸を用意してもらっている間に庭師の所に行き、ひまわりが欲しいとお願いをした。
すでにシャンツァイから聞いているということで、選りすぐりを選んで祈祷室に飾ってくれるそうだ。
お! あの筋肉は!
ひまわりをお願いしに行った帰り途中で、見知った筋肉に気づいた。
「リンデーン!」
筋肉の塊ことリンデンが、振り向いて手を振り返してくれる。
リンデンの隣にいたアキレアは青天霹靂にあったのか、よろけて1歩下がっている。
アユカが小走りで近づくと、リンデンは腕を曲げて力を入れてくれた。
すかさず腕にぶら下がるアユカを見て、アキレアが右往左往しはじめた。
「大丈夫だから落ち着け」
「そうっす。慣れるしかないっす」
グレコマとエルダーが、双方からアキレアの肩に手を置いている。
それでも、アキレアの挙動不審は治っていない。
「いいのか?」
「ああ、慣れだ」
「っす」
アキレアは小刻みに何度も頷くと、少し落ち着いたようだった。
「どっか行くん?」
「今から訓練だ」
「見たい! けど、今日は森に行かなあかんから明日行ってもいい?」
「いいが、森に何をしに行くんだ?」
「楽器用の木を採りに行くねん」
アユカを腕にぶら下げたまま歩くリンデンを、周りは2度見している。
「1度聴いてみたいと思っていた」
「いつでも弾くよ」
「楽しみにしていよう」
訓練場との分かれ道で、リンデンの背筋を堪能させてもらったアユカの頬は緩みっぱなしだ。
明日に想いを馳せつつも、今はハムスターのお願いを叶えるべく琴作りに集中する。
木の調達はシミアの森で行い、桐に近そうな木を見つけることができた。
網用の紐は王宮に戻った時には準備がされていて、「王宮というか、シャン、ハンパない」と思ったものだ。
祈祷室にはチコリも一緒に来るそうで、喜ぶエルダーをチコリが「勤務中」と叱っていた。




