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王宮を出発して2時間30分くらい経った頃、目的地アリトルナの海に到着した。


上空から見る限りでは、砂浜の真ん中辺りから沖まで、雨雲が地面に引っ付いているように見える。


雨雲に見えるのが瘴気らしく、瘴気の塊から50メートルほど離れた所より居住地が始まっていた。


瘴気と居住区の間にある広場に住民たちが集まっており、大人たちは見上げていて、子供たちは手を振っている。

1人残らず集まったんじゃないかと思うほどの大人数だ。


住民たちの前に獣馬を下ろし、乗った時と同じようにシャンツァイに抱えられながら降りた。


「陛下、聖女様。お越しくださりありがとうございます。私たちの地域を事始めに選んでくださりましたこと、心より感謝いたします」


熊に似ているおじいさんが頭を下げると、残りの住民たちも深く腰を折っている。

きっとこのおじいさんが、この区域の代表者なのだろう。


「瘴気が浄化されましたら、みな漁に出ることができ、街に活気が戻ってきます。何卒、よろしくお願いいたします」


「任して」


不安と期待が入り混じっている空気を拭払するように、ニカッと笑ってピースをした。

笑った方がいいのかというような、ぎこちない笑顔を返される。


うん、まぁ、どこからどう見ても小娘やからな。

うちが外したんではないはず。


しっかりとした清楚系っぽく、胸に手をあてて「任せてください」って、微笑んだらよかったんちゃんとか思ってない。

元気な方がいいはずや。

だから決して、うちが外したんではない。


「アユ、早速始めてくれ。昼食は砂浜で食べた方がいいんだろう?」


「もちろん」


アユカは巾着から竜笛を取り出し、シャンツァイから数歩離れた。

グレコマが横に移動してくる。


「ギリギリまで近づいた方がいいんかな?」


「アキレアと2人で風魔法使うから、ここからでいいぞ」


何も聞いていなかったんだろうアキレアが、高速で首を動かしてグレコマを見ている。

首を痛めていないか心配になるほどの速さだった。


アユカが深呼吸をすると、アキレアが慌てた様子でグレコマとは反対側にやってきた。


アユカは白い砂浜、青く透き通る海、美味しい魚介類を思い浮かべ、瘴気無くなれと念じながら、竜笛を吹き鳴らす。


音色に誰もが詠嘆の息を溢し、薄くなっていく瘴気に住民たちは涙しはじめた。


「奇跡だ……」


誰かが呟いた声が聞こえた者たちは、無言で頷いている。


瘴気が無くなると、見えている景色は光りが降り注いでいるように輝きを増していく。


住民たちは家族や友人と手を繋ぎ、感動を共有しながらも、泣き声を漏らさないようにしている。

アユカの邪魔にならないように、起こっている奇跡を決して忘れないようにしているのだ。


竜笛を吹き終わると、海の向こう側にさえ届きそうな歓声と拍手が湧き上がった。


アユカは自分ができることをやっているだけなのに、褒めてもらえることが嬉しくて胸がいっぱいになる。


住民たちに向き直り笑顔でピースをすると、みんな泣きながらも笑顔でピースを返してくれた。


お礼だと言わんばかりに、住民たちが昼食を用意してくれることになった。

お祭り騒ぎのような昼食は、アユカの提案で住民たちと一緒に食べている。


はじめは恐縮していた住民たちだったが、瘴気が浄化された喜悦と気さくなアユカや騎士たちに心が解き放たれたように騒ぎ出した。

お酒も入り、みんな楽しそうにしている。


「聖女様、この度は本当にありがとうございました」


クマおじいちゃんが、ジュースのおかわりを持ってきてくれた。


「何回も言わんでいいよ。気持ちは分かったから」


「まだ言い足りないくらいです。それに、笛の音色も素敵でした」


「ありがと」


住民たちからもだが、クマおじいちゃんから崇敬の瞳を向けられることを、アユカは面映く感じていた。


「うち、聞きたいことあるんやけど」


「何でございましょう」


「あんなに綺麗な海やのに魔魚おるん?」


「瘴気に覆われる前は、沖の方におりました。浅瀬にはウーニンという刺々しい塊が黒い棘を吐き出してきたり、ガギやザエという石に似た貝が噛み付いてくるくらいですね」


それってさー!

ウニや牡蠣やサザエちゃうの!!

うわー! 食べたい! 牡蠣が好きなんよ!


アユカの輝く顔に、グレコマとエルダーの瞳が光った。

おもむろに立ち上がり、アユカの隣にいるシャンツァイに近づいてくる。


「安全のために討伐するべきですよね」


「そうだな」


「生け取りやからね」


意気揚々としていたグレコマとエルダーは、魔物を生け取りとは? と絶句している。

聞いていたクマおじいちゃんは、時が止まったように動かなくなってしまった。


「今後のために、生け取り以外の方法はないのでしょうか?」


シャンツァイの横で食べていたモナルダが、1つ咳払いをして聞いてきた。


騎士たちにできたとしても、今後漁業するのは住民になる。

冒険者ギルドに依頼するとしても、ランクが低い者たちになるだろうという配慮からだろう。


「うーん、実物見て確認してみる。何か思いつくかもやし」


「気をつけろよ」


「うん」


シャンツァイはお酒が好きなようで、のんびりと味わいながら飲んでいる。


瘴気が本当に浄化できたことに安堵したのだろう。

そして、騒ぎたいほど歓喜している国民を見ていたいのだろう。

わずかに頬が緩んでいて、もう少しこの空間に浸っていたいんだと分かった。


アユカは「今のシャンツァイを撮って投稿したらバズりそう」と、情緒がないことを思っていた。




3ページ更新します。

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