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「アユカ様、シャンツァイ様に治癒魔法をお願いしたい」
「……」
「アユカ様? どうした?」
鑑定結果を読み返していたアユカだったが、グレコマの声に意識が外に向いた。
全部、伝えよう。伝えなあかん。
きっとここにいる全員が治癒魔法を望んでる。
言おうとした刹那、さっきのキャラウェイの顔が頭を掠めた。
自分が選んだ道だから、悲しいと思ったことには気づかないようにしていたのに、心の奥底の蓋がズレて顔を覗かせてくる。
アユカは1度強く目を閉じてから、真っ直ぐにグレコマたちを見据えた。
「うち、治癒魔法使われへんねん」
「え? アユカ、聖女っすよね? 瘴気浄化したっすよね?」
「うん、浄化したし、手にミナーテ様の紋様がある。けど、治癒魔法は使われへんねん」
続けてシャンツァイの状態を伝えたいのに、沈痛な空気に押し潰されて声を出すことができなくなった。
錬金術にしたことに後悔はない。
でも、落胆して非難されているような空気に、気づかないふりができるほど強くはない。
また嫌われるのか、慣れているはずなのになと、胸が軋む音が聞こえてくる。
重たい静黙の中、柔らかい声が聞こえた。
「そうか。そういう聖女もいるだろう」
「……怒らへんの?」
「怒る必要ないだろう。治癒が使えると思い込んでいたのは、こちらだ。君のせいじゃない」
穏やかに微笑まれた顔に、目の奥が刺激された。
ボヤけそうになる視界を瞬きで紛らわす。
「あー! 悪かった! すまん、アユカ様」
「え?」
「リンデン隊長の言う通りだ。先に聞くべきだったのに順番を間違えた。嫌な思いさせて悪かった」
「いや、でも、他の聖女は治癒使えると思うよ」
「そうなんすか? まぁ、アユカは変っすもんね。アユカらしいっす」
嬉しいけど、変て言われて喜ぶんはどうなんやろか……
「他の聖女は、治癒魔法を使えるんですね」
「たぶんやけどね」
「あいつの目を掻い潜って、どうにか聖女に連絡を……」
「あの、えっと、シャンツァイ様を治したいから、聖女が欲しかったんやんね?」
「そうだ。だから、フォーンシヴィ帝国から提案があった時に、サフラワーを説得してキャラウェイ様に行ってもらったんだ。表向き聖女を欲しがらないと、おかしなことになるしな」
「俺たちは、アユカとキャラウェイ様を殺そうとしたのはサフラワーだと思ってるすよ。でも、アユカが治癒魔法使えないって知ったら狙わないと思うっす。もうアユカは安全だと思うっす」
「早速、何かあったのか?」
「黒装束の奴らに襲われました」
「そいつらは?」
「全員、毒だと思います。血吐いて、泡吹いて死にました」
「尻尾を掴めないか」
ため息の合唱が盛大に聞こえてくる。
「でも、シャンツァイ様が元気になったら、シャンツァイ様が王様に戻るんやろ?」
「そうっすけど、アユカは治癒魔法使えないっすから、別の聖女をどう連れてくるかで、また時間がかかるっす」
「聖女連れて来んでも大丈夫やよ。シャンツァイ様なら治せるから」
「「ええ!?」」
「アユカ様、治癒魔法使えないって言ったよな?」
「うん、言った。うちやと治されへんかったらと思ったけど、逆にうちじゃないと治せん問題やったわ」
「どういうことだ?」
アユカは、巾着から液体が入った瓶を3本取り出した。
「シャンツァイ様な、病気やなくて呪われてんねん」
「……呪い」
「うん、呪い。聖女の魔法は、治癒と毒消しと切れた体を引っ付けるっていうやつやから、呪いは治されへんねん」
「アユカ……どうして知ってるっすか?」
「うち、なんちゃって聖女やからね。で、うちは薬が作れるねん」
「まさか……」
「そのまさか。ここに呪い返しとポーションと栄養ドリンクがある。この3つ飲ましたら元気になるよ」
3本を受け取ってという風に、腕を伸ばして4人に近づけた。
なのに、誰も受け取ろうとしてくれない。
ほらほらと少し瓶を揺らしてみるが、反応してくれない。
「あ! 信じられへんかもやけど嘘は言ってないで。もしこの薬が心配なら、ポーションと栄養ドリンクなら試してもらえる。呪い返しは貴重な1本やから無理やけど」
「「おおおおおおお!!」」
グレコマとエルダーの急激な大声に、一驚を喫したアユカの肩が跳ね上がった。
「アユカ、最高っす! 変な聖女で最高っす!」
「なんで呪い返しなんて持ってんだよ! ありがたすぎるだろ!」
「いた、いたいわ!!」
興奮しているあまり、力加減を無視して背中を叩いてくるグレコマとエルダーそれぞれに、「倍返しや」と勢いをつけて回し蹴りをおみまいした。
2人は、お尻を押さえて蹲っている。
「こっち来る時にモンペキング倒したやろ。あの蛇の牙が呪い消しの材料やってん。で、他に色々採取したものと合わせたら呪い返しが作れてんよ」
「あの蛇が……」
「そうやよ。グレコマが倒してくれたおかげやよ」
「焼き尽くさなくてよかったっす」
ガタッと音が聞こえて、リンデンを見ると、椅子から立ち上がっていた。
「それをいただけるのか?」
「もちろん」
「感謝する」
リンデンが深く頭を下げてくると、残りの3人もリンデンに倣って最敬礼してきた。
深々と腰を折られているからじゃない。
心から、体全体から、感謝されていることが伝わってくる。
「ええよ。うちは、突拍子もないこと言ったのに信じてくれてありがとうやから」
頭を上げた4人と微笑み合った。
リンデンに瓶を渡すと、リンデンは瓶の中身を確かめるように振って眺めた。
「呪い返しは言葉のままなんでしょうが、ポーションと栄養ドリンクというものはどのような物なのですか?」
「ポーションは治癒魔法みたいなもんで、栄養ドリンクは疲労を回復させる薬みたいなもんかな」
「ままままつっす! この液体、治癒魔法と一緒なんすか?」
エルダーにリンデンが持っている瓶を指されながら問われたので、斜め上を見て慎重に答える。
「治癒魔法がどこまで治せるか分からんから一緒とは言いにくいんやけど、ある程度の病気や怪我は一瞬やよ」
おーい! みなさーん! 時が止まりすぎやでー!
「驚いてないで、早く飲ませよう」
「そ、そうだな。アユカ様のことで驚くのは当たり前だからな」
「俺はもう驚き疲れたっす。はじめの治癒魔法のくだり要らなかったっすよ」
それはいるから!
使えるんは、治癒魔法ちゃうくって錬金術やから!
誤解はない方がいいからさ!
「どうやって飲ませましょうか?」
「こうすればいい」
リンデンが呪い返しを口に含み、シャンツァイに口付けをした。
悩みましたが、3ページ投稿します。
投稿お休みの土日もありますので、のんびり読んでください。