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4人の聖女が大陸を救った日から、明日でちょうど1ヶ月が経つ。
明日は、どの国でも王都で聖女のパレードが行われることになっている。
「アユカ様、食べすぎではありませんか?」
祝典のお祭りは3日間通して行われ、ロッククリスタル宮殿では今日の前夜祭を含め、メインである明日に向けての準備で大忙しだった。
そんな中で、アユカは気づいたら何かを口に含んでいる。
今もチコリに見つかり、心配そうにしながらも注意されたのだ。
「ここんとこ、ずっと食べてるよな」
「見てるこっちがお腹壊しそうっす」
グレコマとエルダーに再会した時、声を殺して泣くグレコマに強く抱きしめられ、エルダーはその横で小さな子供のように声を出して泣いていた。
何度も謝られ、何度も「よかった」と溢され、アユカも大声で泣いたのだった。
ずっと会えていなかったリンデンと会えた時の、アユカのはしゃぎっぷりは凄まじかった。
シャンツァイが、アユカを叱ったほどの纏わりつきようだった。
ボリジや第3騎士隊からも謝られた。
ボリジの安心したような微笑みの目尻に涙があり、アユカは久しぶりに家族や霧島を思い出していた。
もう会えないと実感するには、十分すぎるほどの日々を過ごしている。
どうしようもなく淋しくなり、その日アユカはシャンツァイにしがみつくようにして眠った。
「なんか知らんけど、口寂しいんやもん。しゃーないやんか」
「明日の服が着られなくなっても知らないっすよ」
「それに、来月には結婚式なんだからな。デザイナーを泣かすなよ」
「分かってるけどさぁ」
「本当に、世界を救った聖女に見えないっすよね」
チコリに殴られるエルダーを見ながら、アユカはグレコマと同時に短い息を吐き出した。
変わらない日常もあるが、変わったこともたくさんある。
まず、リコティカス国は無くなり、フォーンシヴィ帝国とウルティーリ国の国土が広がった。
フォーンシヴィ帝国は地続きだが、ウルティーリ国は対面に位置する形になるため、キャラウェイが成人をした暁にはその土地を治めるようになるそうだ。
今、モナルダにしごかれているがめげることなく、シャンツァイを支えたいと意気込んでいる。
将来、何かあればパキラが動くだろうから、さほど心配はしていない。
会えなくなる寂しさはあるが、張り切っているキャラウェイの邪魔をしたくないので言わないでいる。
それに、パキラに瞬間移動をお願いすれば解決する話だ。
アンゲロニアはユウカの希望通り、フォーンシヴィ帝国でユウカの家庭教師をしている。
先日ユウカから届いた手紙には、「正式に付き合うことができた」と書かれていた。
だが、モエカからの手紙には、「体を張った行動の数々に感服するしかなかった」と震える文字で綴られていた。
相当なことをやらかしたんだろうなと軽く引きながらも、友達との恋愛話が楽しく、「また教えてほしい」と返信している。
モエカは、キアノティス以外にも目を向けはじめているそうだ。
アユカの筋肉談義を聞いた後、騎士も魅力的だと思ったらしい。
ホノカとイフェイオンについては、ホノカは「何かあればね」と照れて教えてくれないが、イフェイオンから婚約式の招待状が届いている。
そのうち、ホノカから「イフェイオンの暴走」という手紙が届くんじゃないかと思っている。
ちなみに、来月の結婚式には3人とも参列してくれるそうなので、その時にメールができる通信石を渡す予定だ。
頻繁にやり取りできるようになるので、今から楽しみにしている。
愛を膨らませすぎて、自身で支えきれなかった人たちは、もうこの世にはいない。
イレシネとラペルージアは、事情聴取をされることもなく首を落とした。
アルメリアは最後までシャンツァイに哀願していたが、事情聴取の途中でミイラのように干からびて死んでしまった。
アルメリアの宮殿の一室には実験部屋があり、そこには人間や魔物の血を用いた薬が並べられていた。
元々、アルメリアは体が弱く、体を丈夫にするために色んな薬に手を出していた。
どの薬も効果はなく落ち込んでいた時に、「呪術だと助かる」と言うグンネラの手を掴んでしまった。
それが、グンネラが軍隊を作るための手段だったとは知らずに、アルメリアは嬉々として協力をしていた。
グンネラが吐いた話だが、アルメリアが成功した暁には、騎士たちの料理に薬を混ぜようと思っていたとのこと。
獣馬は成功したので、後はアルメリアの成功を待つだけだったそうだ。
湖で発生した怨霊のような人たちは、軍隊の最前線での盾役にと創り出していた途中だったらしい。
使い捨ての盾役だから、意表を突けるのなら弱くてもよかったそうだ。
そして、アルメリアからユーフォルの話を聞いていたから、アユカたちが「東洋の商人が怪しい」と言わなくても、時期を見てキアノティスに報告を上げる予定だったらしい。
トックリランとも「犯人を聞かれた時は」と、口裏を合わせていたそうだ。
流行り病については、飲み水に菌を混ぜたらしい。
中心部から離れた村が狙われたのは、汲み置きしている村の必要があったからとのこと。
薄く混ぜたから、子供から発症したのだろうとのことだった。
勘違いをしてもらえる感染状況に、天が味方をしてくれていると思ったそうだ。
キアノティスを統一した国の皇帝にしたかったこと、クテナンテたちを襲った理由等は、アユカが推測した通りだった。
ステビアたちは、グンネラの仲間ではなかった。
あの日は、グンネラからの指示で奴隷売買される子供を乗せた馬車を捕らえる予定だったそうだ。
ただ、それはグンネラが用意した嘘の指示で、蓋を開けたら子供ではなくアユカが乗っているというものだった。
グンネラは、はじめからアユカをアルメリアに渡すつもりがなかったらしく、キアノティスにもバレない場所で保護する予定だったと言っていた。
アルメリアを崇拝していた人たちは全員捕らえられ、マトーネダルとルクストブネトの街の復興要員として、強制労働が課されている。
ちなみに、アユカの竜笛というか聖女の音楽は、血を用いた薬を飲んだことがある人たちにとって、内側から鈍器で殴られている気分になるらしいとのこと。
金銀の粉が降り注いだ時も、のたうち回っていたそうだ。
アルメリアの実験のため収監されていた人たちは、全員元奴隷か奴隷だった。
今はキアノティスの指揮のもと、手厚く看病されている。
アーティもチャービルと過ごすため、フォーンシヴィ帝国に滞在している。
パキラの鳥だったミーちゃんはアユカについてきて、今はアユカと同じロッククリスタル宮殿で自由に過ごしている。
明日のパレードは、一緒に参加する予定だ。
最後になったが、あの日以降ユーフォルとは会っていない。
ユーフォルの願いが叶ったんだと思っている。
「やっと平和になったよなぁ」と穏やかな日常に和みながら、いちごミルクを飲もうとして、吐き気が襲ってきた。
「「アユカ様!」」
お手洗いに駆け込むアユカを、グレコマたちが慌てて追いかけてくる。
突っ伏して吐くアユカの背中を、チコリが不安気な面持ちで撫でてくれた。
「食べすぎたんかなぁ……」
「顔色が悪いですね。ゲイムを呼びましょうか?」
「俺、行ってくるっす」
貧血を起こしたように立てなくて、グレコマに支えてもらいながらソファに戻った。
更新するとお伝えしていた時間から大幅に遅れしまい、大変申し訳ございませんでした。




