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パキラの瞬間移動でリコティカス国の王城にやって来たアユカは、ウルティーリの騎士たちに大泣きされていた。
アユカを見つけた騎士に「アユカ様だ! 無事だったんだ!」と叫ばれた後は、ウルティーリの騎士に取り囲まれ「心配していました」「怪我がないようでよかったです」と男泣きされたのだ。
泣くほど心配されていた事実に、アユカの胸がいっぱいで苦しくなり、「ありがとーなぁ」とアユカも大声で泣き出してしまった。
アユカの泣き声に騎士たちの涙は止まり、親戚の子供を見守るような温かい空気が流れた。
喜びが落ち着いた騎士から順に、アユカの肩に大人しく留まっているミーちゃんに視線を送っている。
魔物なのか? 魔物じゃないのか? アユカ様に懐いているからいいのか? と、考えを巡らせているのだ。
「アユ」
優しくて柔らかい声が聞こえ、騎士たちが左右に数歩下がった。
モーセの海割りのように開けた道を、シャンツァイが微笑みながら歩いてくる。
「シャン!」
駆け出し、シャンツァイに飛びつくアユカを、騎士たちは微笑ましく見ている。
「無事でよかった」
「うちの台詞やから」
アユカの髪の毛を梳くように頭を撫でたシャンツァイは、アユカの手を取って歩き出した。
「休憩がてら、他の騎士に連絡をしておけ。グレコマとエルダーには誰よりも先にな」
「「はい」」
宴会でも始まるかのような騎士たちの騒めきを背中に受けながら、アユカはシャンツァイを見上げた。
パキラは何も言わず、ほとんど壊れていない城や庭園を眺めながらついてくる。
「聖女ユウカが必要ということは、空の雲は瘴気なのか?」
「残念なことに、そうやねん。獣馬で飛ぶんやったら気をつけてな」
「獣馬は、自然と障害物を避けるからな。無理矢理じゃねぇと入ろうとはしないだろう」
「そうなんや。やっぱ賢いんやね」
「あの瘴気を、どうやって消すつもりだ? 獣馬で空までいくなら運ぶぞ」
「空のはまだどうするかは決めてないんやけど、発生させてるんが聖女の湖やねん。グンネラが言うには、湖に瘴気を入れた宝石を沈めて、魔法で宝石を砕いたんやって。そしたら、なんでか昇りはじめたらしいわ。まずは、湖を綺麗にしよう思ってな。そうせーな、空の瘴気消してもまた広がるからさ」
「こういうことは、アユ任せになるのが悔しいな。協力が必要なら何でも言えよ」
「うん、必要な時は言うよ。ありがとうな。それに、聖女は4人おるんやから、絶対に消せるよ」
「ああ、信じてるよ」
歯を見せて笑うアユカに、シャンツァイは目元を緩めている。
その視線がミーちゃんに向いたので、アユカはシャンツァイにミーちゃんを紹介した。
「アユを助けてくれたそうだな。ありがとう」
頷くように首を動かしたミーちゃんの頭をアユカが撫でると、ミーちゃんが体を擦り寄せてきた。
笑顔のアユカからも頬を擦り寄せている姿を見ていると、ここが戦場だったのが嘘のように思える。
「ここに聖女ユウカがいる。キアノティスも、中でアユに会うために休憩しているはずだ」
シンプルなドアをシャンツァイが開けてくれ、伴うように並んで部屋に入っていく。
中では、ソファで対面するようにキアノティスとユウカが座っていて、机には食事が並べられている。
「お! アユカ、来たんだな」
「うん、キアノティス様もお疲れ様。怪我してなさそうやね」
「俺の出る幕なんてほとんどなくて、暇なくらいだったからな」
「そうなん?」
それは、ウルティーリとフォーンシヴィの連合軍が強すぎるんか、それともリコティカスの騎士が弱すぎるんか……怪我してへんのやったら、どっちでもいっか。
明るいキアノティスに対して、ユウカはキノコが生えそうなくらい暗い。
ジメジメしていて、そこだけ湿度が違うように感じる。
「ユウカ、どうしたん?」
「今回の事件を説明してたんだよ。で、アンゲロニアはもう王じゃなくなるから、聖女ユウカの保護はフォーンシヴィでするって話のところでな」
「で、ですから、私が新しい国の女王として頑張りますから、両想いだったアンゲロニア様と結婚させてほしいんです」
怯えているような言い方なのに意見はしっかりしているユウカに、キアノティスとシャンツァイは呆れたように息を吐き出している。
「アンゲロニアとの結婚は、俺がどうこう言う理由はないから好きにしたらいい。が、何度も言うが、国を任せることはできない」
「ひ、被害者のアンゲロニア様を、王様は無理でも王の伴侶にしてあげたいんです。私は優秀です。学級委員長もしたことがあります。問題ありません」
「いや、無理やって。学級委員長くらいで王様できるとかないから」
俯いていたユウカが、アユカを睨むように顔を上げた。
「ア、アユカ、僻まないでよ」
「僻んでないやん。学級委員長やったから国を治められるんなら、誰でも王様になれるやん。そんな簡単なもんちゃうやろ」
「か、簡単に言ってないよ」
「んじゃ、ユウカは、この世界の情勢知ってんの? この世界の歴史知ってんの? 接待したことは? 政治について討論したことは? 組織として大人数を動かしたことは? 自分の命令で人が死ぬようなことに耐えられんの?」
「そ、それは……で、でも優秀だから、すぐにできるようになるよ。それに、アンゲロニア様に支えてもらえれば」
「ちゃうやん。ユウカも支えなあかんわけやん。そんなおんぶに抱っこなんて、アンゲロニア様の負担しかないやん。全部丸投げするんと一緒やん」
「ど、どうして酷いことばっかり言うの?」
「ひどないやん」
「ひ、酷いよ。私を虐めて楽しんでいるんでしょ」
「モーセ」「モーゼ」、どちらでも間違いではないそうです(作者調べ)




