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アユカたちは、パキラの瞬間移動でキアノティスの執務室に移動してきた。
主人がいない部屋は静かで、というより、家具も壁もボロボロだった。
「なにこれ? 爆発でもあったん?」
「キアノティスが暴れたんでしょ。皇帝になる前は、よく城を壊していたらしいからね」
キアノティス様って、わんぱく少年って感じやもんなぁ。
納得やけど、お城壊したらお金かかるから、それは止めようって言いたくなるわ。お金が勿体ないやん。
「グンネラは、どこにおるんやろ?」
「歩いていたら誰かに会うだろう」
壊れている執務室を出て廊下を進み、すれ違う人たちに尋ねてみるが、誰もグンネラを見ていないと口を揃える。
パキラとアスプレニウムに怯えているように見えるので、全員嘘は言っていないだろう。
折角来たのにグンネラを見つけられないからと、別の場所に移動するのは時間の無駄になる。
だったら、来たついでにモエカを連れ去ろうと決め、モエカの居場所を聞くが、こちらに関しても誰も知らないと答える。
「んー、もう面倒くさいわ。キアノティス様に聞こ」
アユカは、巾着から通信石を取り出し魔力を流した。
着信の音が切れたと思ったら、女性の絶叫が通信石向こうから響いた。
「もしもーし、キノアティス様ー」
「アユカ、どうした?」
「大変な時にごめんな」
「シャンツァイとの模擬試合よりも容易だから気にするな」
そうなん?
アンゲロニア様もレベル高かったし、リコティカスにも強い騎士はおると思うんやけどな。
声元気やし、ホンマに簡単に制圧してるんやろうな。
「聞きたいことがあるんやけど、グンネラとモエカってどこにおるん?」
「モエカは、ダイヤフォレアンス宮にいるぞ。宮殿の西の端だな。グンネラは、どっかにいるはずだ」
「そっか、モエカがいるとこまでに見つけられたら捕まえるな」
「グンネラをか?」
「うん。うちの予想が合ってるなら、今回の黒幕のはずやねん」
「……あのバカ、諦めてなかったのか」
悔やむようなため息と共に吐き出された言葉は、とても重く感じた。
「煮るなり焼くなり好きにしていいぞ。こっちでも捕まえた奴に仲間なのか聞いてみる。シャンツァイに伝言あるか?」
「ううん、終わったら連絡くれる予定やから大丈夫やよ。ありがとうな。キアノティス様、怪我せんよう気をつけてな」
「俺が怪我するわけないだろ。アユカこそ気をつけろよ。じゃあな」
通信が切れる音が聞こえた後は、風の音が耳に届きそうなほど静かになった。
制圧会場になっているリコティカスの城が、どれだけ音や声で埋めつくされていたのかがよく分かる。
今一度、命懸けで戦っているシャンツァイたちを思い浮かべ、無事で帰ってきてくれることを祈った。
アスプレニウムがダイヤフォレアンス宮の場所を知っているということで、無闇矢鱈に歩き回らなくてもよくなった。
さすがは、元騎士団総督。宮殿で知らない道はないそうだ。
「ここが、ダイヤフォレアンス宮だ」
「ここ? ちっちゃない?」
「戦争があった時に一時身を隠す宮だからな。頑丈なのが取り柄なんだ」
玄関のドアをノックするが、誰も対応しに来ない。
何度も叩くが、一向に来ない。
本当にいるのかと疑ってしまうほど、静まり返っている。
「ここにおることがバレへんように、対応せーへんのかな」
「あり得るな。壊して入ってみるか」
アスプレニウムがドアに手をかけると、ドアは抵抗なく開いた。
「鍵がかかってないとかあるん?」
「おかしいね」
3人で顔を見合わせ、音を立てないように宮の中に入っていく。
パキラ・アユカ・アスプレニウムという順番で1列になり進んでいくと、廊下の先の部屋から悲鳴が聞こえた。
アユカたちは走り出し、悲鳴が上がっただろう部屋のドアをパキラが魔法で吹っ飛ばすと、中にはモエカとグンネラがいた。
2名のメイドが、血を流して床に倒れている。
パキラが指を鳴らすと、金色に光る鎖がグンネラに巻き付いた。
「逃げようとせんといてよ。殺したくはないねん」
「パキラ様とアスプレニウム様相手に逃げませんよ。命が惜しいとかではなく、逃げることは不可能ですから」
冷静なグンネラは、瞳の中にでさえ焦っている表情はない。
捕まったことを受け入れているように見える。
パキラはアユカの真横に立ち、アスプレニウムはモエカの側に移動をしていた。
震えているモエカは、腰が抜けているようで床に座り込んでいる。
「突然追跡魔法が消えたので、おかしいと思いました」
「気づいたのに、そのままにしとくわけないやん」
「そう予測し直ちに殺しに来たのですが、間に合いませんでしたね」
アユカは、先ほどキアノティスとの通信後、通信石を空間収納に移動させていた。
2重にかかっている追跡魔法。ステビアがかけたのは間違いない。
そして、指示をしたのは、グンネラだということも当たっているだろう。
ステビアたちがグンネラの共犯者かは分からないが、アユカが誘拐をされた日、わざと近くの任務をさせていたのかもしれない。
アユカが途中で逃げ出すのならば、言葉巧みにステビアたちを使い、保護する場所でさえ誘導できただろうから。
ウルティーリにさえ見つからなければ、アユカを手中に納めることができる。
言わば、ステビアたちは保険だったのだろう。
でも、アユカが先にキアノティスに助けを求めたせいで、何もかも失敗してしまったはずだ。
そして、追跡魔法が不安定だと思って、ステビアに追加でかけさせたはずだ。
予想通り動かないアユカの居場所は、何よりも欲しいだろうから。
グンネラの言葉が、考えの全てを肯定してくれた気分だった。




