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「答えてくれてありがとうな。これ、呪い消し」
アユカは巾着から呪い消しを取り出し、前に突き出したままユーフォルに近づいた。
パキラとアスプレニウムが厳戒態勢で、アユカの両脇を固めるように歩いている。
「もういいのか?」
「いいよ。知りたいことは分かったから」
ユーフォルは、アユカから受け取った呪い消しを一思いに飲んでいる。
が、呪いが消えない。
「ちょ、ちょっと、待って。こっちも飲んで」
と、呪い返しを飲んでもらったが、呪いは消えない。
そりゃそうだ。消すのか返すのかの違いしかないのだから。
ホノカを治した特殊回復薬でも同じ結果だった。
当たり前だ。呪いであって異常ではないのだから。
ええ! なんでよ!
他に何があるって言うんよ!
はっ! ま、ま、まさか……あのスペシャルな薬を使えと?
嫌や! 最高峰の薬やのに、こんな短期間でうちの元から旅立つなんて! 嫌やー!
でもなぁ、呪い消すって約束したもんな。
今度、またダンジョンのボスを倒してもらおう。
「聖女よ。私は死ねるのか?」
「ううん。ごめん、まだ呪い残ったままやわ」
「そうか。いつの時代も歪んだ愛ほど醜く激烈なのだな」
長い間話をしていたが、初めてユーフォルの言葉に温度を感じた。
温かいものではなく、憎んでいると分かる声色だ。
ホンマよな。
うちが死んだ理由も、歪んだ愛情やったもんな。
んで、アルメリアたちが持ってる想いも歪んだ愛情なんよな。
考えらんでも、おかしいと気づくことやったわ。
執着されて苦しんでるユーフォルが、初代聖女と同類のアルメリアたちに協力をするわけがないってさ。
「1個試してない呪い消しがあるんやけど、飲んだらどうなるか分からんねん。呪いを無効化し戻すって薬やから。もし体を戻すって意味なら、本来なら生きてるはずのないユーフォルは死ぬと思う。
やから、薬は渡すけど、死にたい場所で飲んで。それでも死ねんかったら、うちに会いに来て。新しい薬を作ってみせるから」
アユカは、歯を見せて笑った。
インバーテルの心臓から作ったレットラを受け取ったユーフォルが、わずかに目を細めた。
「色々疑ってごめんな」
「気にしない。それよりも、この瘴気をどうするつもりだ?」
「聖女ができることなんて1つやん」
巾着から竜笛を取り出し、アユカは自信満々に口角を上げている。
「1人でか?」
「うーん、そうやんな。永遠と空に広がってるもんな。1人で持久力走は無理か」
「聖女は4人いるのだろう?」
「そっか! 4人ですれば早いかもやんな。教えてくれてありがとうな」
「湖の移ろいを見ていた感覚になるが、瘴気が昇り切るまでには1日かかるだろう。いつ、何のために使うのかは分からないが、昇り切るまでは何も起こらないと思うぞ。聖女でなくては消せないのなら尚更な」
うん? これがしたいがために、聖女が力使えんように呪いかけたんかな?
もしかして、うちも呪われてるとか?
でも、錬成はできてるしなぁ。
まぁ、竜笛吹いた時に分かるやろ。
異常回復薬は、まだあるしな。
アユカを見ていたユーフォルが、回れ右をして歩き出した。
「アニス! いいの!?」
「うん、いいよ。変な言葉になるけど、無事に死ねたらいいよな」
スッキリしたような顔で微笑むアユカに、パキラとアスプレニウムは顔を見合わせて息を吐き出すように小さく笑った。
パキラとアスプレニウムは強いからこそ、ユーフォルとの力の差が分かり、手も足も出なかった。
アユカにだって、ユーフォルの強さは分かっていたはずだ。
それなのに、どこまでも変わらない普段通りのアユカに、張り詰めていた糸が切れ、笑うことができたのだ。
笑ってしまえば、体から重いものがなくなり軽くなる。
働いていなかった頭も動きはじめる。
「僕が、瞬間移動で残りの聖女3人を連れて来ようか?」
「それは、後でお願い。今はグンネラを捕まえに行こう」
「……グンネラ殿を?」
呟いたアスプレニウムは思い当たるものがあったのか、強く手を握りしめている。
拳がわずかに揺れていて、怒りで震えているのだと分かる。
「王宮に来る商人の采配ができ、陛下の予定もクテナンテの行動も知ることができるのか……」
「そこまで関わってるんかは分からんけど、聖女の召喚には関わってるんよ。ってことは、何か知ってそうやろ。色々聞きたいやん」
「あの男かぁ。会いたくないなぁ」
「キアノティス様の腹心やから、よく会うんちゃうの?」
「会いたくないから、キアノティスと会う時は1人で来させてる。この前のは、慌てていたから会ってしまっただけだよ」
皇帝に指示できるのって、絶対にパキラだけやわ。
まぁ、キアノティス様は1人で動いても問題ないほど強いから命令できるんやろうけどな。
「なんで、嫌いなん?」
「僕が好きだから、キアノティスの嫁になってほしいって五月蝿いんだよ」
は? はぁ? はぁぁぁぁ?
「パキラを好きなんやったら、自分の嫁にって思うんちゃうの?」
「それもそうだね。これから捕まるんだから、どうしてキアノティスの嫁なのか聞いてみよう」
呆気らかんと話しているパキラをよそに、アユカはとある仮説が頭の中で結びつき、天を仰ぎそうになった。
あー、あれやわ。グンネラも、歪んだ愛ほど醜く強烈な人なんやわ。
相手を強く想えるんは素敵やと思うけど、歪んでまうと、素敵やった気持ちが醜くなってしまってしんどそうやのにな。
それでも、想い続けたいもんなんかな?
「アニス嬢、動き出すなら早く片付けてしまおう」
「そうやね。パキラとアスプレニウム様がおったら、グンネラの拘束なんて一瞬やもんな」
パキラとアスプレニウムが、2人繋いでいない方の手をアユカに差し出している。
アユカが2人の手を取ると、3人は瞬く間に姿を消したのだった。
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