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遠くから聞こえていた音が、段々と近づいてくる。

顔を顰め、窓を拭くように手を動かし、指にぶつかった携帯を掴んだ。


「起きな……」


アラームを切り、重たい体を無理やり起こして、ベッドから降りた。

欠伸をした後、ため息を吐き出してしまうのは、今日の予定が嫌すぎるからだ。


「今時、お見合いとか意味分からんて」


ブツブツ言いながらシャワーを浴び、指定されている着物を身に纏った。

何度目か分からないため息を溢して、携帯で時間を確認し家を出ると、玄関ポーチ前に黒いスーツを着て眼鏡をかけている男性が立っていた。


「お嬢、おはようございます」


「霧島、こんなとこで待っとかんで。暑くて倒れんで」


「組長命令ですので」


炎天下で待っている部下の忠誠心にも、嫌だと思いながらもお見合いに行く自分にもうんざりして、盛大に息を吐き出してしまう。


家の前の道を占領するように停まっている黒塗りの車を、太陽が照らしている。


後部座席のドアが開けられていて、乗り込もうとした時、耳をつんざくような破裂音が聞こえた。


驚く間もなく、視界に一瞬光が走った後に見えた景色は、雲一つない青空だった。


痛い、熱い、痛い、苦しい、痛い


「あいつだ」「捕まえろ」「その女が悪いんだ」「こいつ」「俺は愛しているのに」「お嬢」という言葉が聞こえている気がするが、何も理解できない。


苦しみに支配され、綺麗だった青空が水彩画のように滲んでいき、星も月も見えない夜になった。


こうして、1人の少女の人生は幕を閉じた。


「っていうのが、君の最期の時だよ」


カラフルな綿飴に埋めつくされている世界で、笑顔で説明をしてきたハムスターを見つめる。


「いや、えっと、うちを殺したあの男は誰?」


いの1番に聞きたいことはそれではなかったが、何一つ現実味がない状況にその言葉が出てきた。


「君のストーカーだった男だよ」


「あいつが! あー、腹立つ! 1発殴りたかったわ!」


あいつのせいで1年で3回も引っ越したし、四六時中護衛がつくようになったし、お見合いまで早められた。

そのお見合いをする前に死んだらしいけど……


「状況を理解したってことでいい?」


「いや、ちゃうやん」


「じゃあ、もう1度説明するね」


「そういうことちゃうわ!」


「じゃあ、なに?」


「うち、死んだってこと……やんな?」


「そうだよ」


納得したくないが最期の痛みを憶えているし、この摩訶不思議な状況が全てを物語っている。


「ここは天国ってこと……やんな?」


「違うよ」


「違うんかい!」


反射的にしてしまった軽快なツッコミにお腹を抱えて笑うハムスターを、指で突っついた。


「やめてよ。セットが乱れる」


ハムスターは、届かない手で頭の毛並みを直している。


天国ではないここがどこなのか、どうしてここにいるのかを聞きたくて、毛繕いが終わったハムスターを手に乗せ目線を合わせた。


「ここはどこなん?」


「ここは、僕の庭」


「なんでハムちゃんの庭に招待されてんの?」


「それはね、クッソ馬鹿げた召喚が行われるから」


「なんて?」


「僕たち神ってね、永久の時を生きてるの。だから、色んな世界を観察してるんだけどね。君たちの世界でいうところの映画やドラマのような感覚ね。それで、その観察していた世界の1つで馬鹿げた動きがあったんだよね」


「は? どっからどう見てもハムスターやん。神様ちゃうやん」


「ひどいなぁ。僕、かなり上位の神様だよ。今はハムスターの姿になっているだけ。可愛いよね、ハムスター」


どこからともなくシルクハットとステッキを出現させて、手の上で1回転するハムスターを呆けた顔で見る。


「マジック?」


「魔法だよ。マジックできる方がすごくない?」


「確かに」


小さなハムスターがマジックなんて、魔法よりも疑いそうだと思った。

どっちもどっちということには気づいていない。


「でね。今回のふざけた動きは、異世界の少女を聖女として召喚して、世界を救ってもらおうって行いなんだ」


「いや、もう、まぁ、いいわ。続けて」


「発案者は、フォーンシヴィ帝国の宰相。『共にいかがですか』と提案されて乗っかった国が、ウルティーリ国とポリティモ国とリコティカス国。どの国も魔物と瘴気に悩んでいて聖女が欲しいから、4人召喚しようってなってるの」


召喚物って少し前に流行った物語っぽいと思いながら、静かに話を聞く。

友達がいなかったので、読書家だったのだ。


「相手側の勝手な都合で、突如見知らぬ世界に喚び出されるのは可哀想だから、僕たち神が力を合わせて死んだ魂を喚び寄せたんだ」


「……うん? ……僕たちっていうのは?」


「勝手な召喚に憂いた神たち。美の神のフロヴィーテ、富の神のデテメル、食の神のウェスティア。そして、僕が知恵の神のミナーテさ」


「知恵の神様がハムスターなんか」となんとも飲み込めない残念感が顔に出そうになったが、「そうやった。今がハムスターなだけやった」と小さく何回も頷いた。


その頷きを、話を理解していると取られたのだろう。

ハムスターは笑顔で数回頷いて、手のひらの上で座った。


「で、うちはハムちゃんに選ばれて、この説明のためにハムちゃんの庭に喚ばれたと」


「その通り。今、それぞれ喚び寄せた子と話しているはずだよ。聖女としての力を授けるためにね。

普通の少女が世界を渡るだけで、魔法が使えるようになるわけないのにね。使えると思って喚び寄せた少女が、治癒魔法使えなかったらどうするつもりなんだろうね」


勝手に喚び出されて、期待外れやった場合か……

良いもんじゃなさそうやから、死んだ子を選んで、力をあげようってことやんね。


「……聖女かぁ」


「なりたくない?」


「うーん……できれば。次の人生は自由に生きて、恋がしてみたいねん」


何もしていないのに悪いことをするんじゃないかと、周りから見張られていた。

1人娘だったこともあり、同業者からは駒にできるかどうかと見定められていた。


そんな周りから舐められないようにと威風堂々と振る舞うように教育され、好きな物や興味のあることを隠さなければならなかった。


息が詰まりそうな人生で、誰かにときめいたことがない。


好きな物を好きといい、興味のあることは行動に移し、癒しだった少女漫画のような恋がしてみたいと、ずっと思っていたのだ。




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