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アスプレニウムの屋敷に戻り、まず手当てをしてもらったアユカは、傷薬で治った傷に首を傾げていた。
といっても、すぐに用意されたお菓子に意識を持っていかれ、パキラと競うようにお菓子を食べた。
そして、今、お腹を摩りながら帰ろうとするパキラを呼び止めて、懇願している最中だ。
「お願い! 一生に一度のお願い!」
「アニスはお願いが多いよ!」
「一晩だけでいいねん!」
「ダメだよ!」
「お礼に、手足が無くなっても復活する薬か、魔力が減っても増える薬あげるから!」
パキラのローブを引っ張って引き留めてくるアユカを、払うように動いていたパキラが、ピタリと微動だにしなくなった。
「どうしよっかなぁ。まぁ、2個ともくれるっていうなら、お願いを聞いてあげてもいいかなぁ」
「あげる! あげる!」
にんまりと口を大きく横に伸ばしたパキラが、ローブにしがみついているアユカの手を取った。
「交渉成立だね」
「やった! ありがとう、パキラ!」
アユカが空いている方の手をパキラに差し出すと、パキラは手を重ねてきた。
「え? 瞬間移動の魔道具、貸してや」
「失敗したら大変だから、僕が連れてってあげるよ」
「えー、うーん、分かった。お願いするわ」
アユカとしては1人で行きたいが、「それだと貸さないよ」と言われる方が嫌なので連れて行ってもらうことにしたのだ。
「夜になったらでいいんだよね?」
「うん、みんなにバレへんように行って、帰ってきたいねん」
「分かったよ。就寝時間になったらアニスの部屋に行くよ」
「嬉しい! ホンマにありがとう! パキラ、愛してる!」
「ちゃんと薬もらうからね」
と、裏取引をしたアユカとパキラは、みんなが寝静まった時間を狙い、2人でウルティーリ国の王宮内にあるロッククリスタル宮殿に向かった。
ミーちゃんは、鳥籠の中でグッスリと眠っている。
パキラの瞬間移動で到着した場所は、ミナーテの祈祷室だった。
「パキラ、スゴい! ドンピシャで、シャンの寝室がある宮やわ」
「僕は天才だからね」
パキラは、胸を張りながらも周りを見渡している。
普通の部屋ではないと気づいたようだ。
「この部屋は?」
「ミナーテ様に祈れる部屋やよ。うちがこっちに来た時に作ってもらったねん」
「信仰心半端ないね」
「ミナーテ様にだけやけどな」
壁いっぱいに飾られている花は、萎れたり枯れたりしていない。
アユカがいなくても、きちんと拝んでくれていると分かった。
来たついでにと数分祈るアユカを、パキラは静かに見つめていた。
「さて、時間は有限やからね。シャンを探しに行かなやわ」
「僕はその間眠っているよ」
「やったら、うちの部屋で寝てくれていいで。誰も来ーへんと思うから」
パキラと手を繋いで、姿くらましの魔法をかけてもらった。
シャンツァイ以外に見つかるわけにはいかない。
ここで、アユカが帰ってきたと噂されてしまったら、計画が水の泡になってしまう。
静まり返っている廊下を歩きながら、「チコリやキャラウェイやリンデンとも会いたいなぁ。グレコマやエルダーはまだマトーネダルかな」と、会えない人たちに想いを馳せていた。
アユカの部屋に到着し、ドアを開けた瞬間、金属がぶつかったような高い音が響いた。
「誰だ? 姿を見せろ」
目の前には鋭い目を吊り上げているシャンツァイがいて、シャンツァイの手には剣が握られている。
その剣は、空中でパキラの防御壁に阻まれていた。
というか、パキラが守ってくれていなかったら死んでいた。
「全く、僕に感謝してよね」
言いながら、姿くらましを解いたのだろう。
驚愕しているシャンツァイの震える手から、剣が床に落ちた。
「……アユ」
「シャン、今のはホンマに怖かったわ。うち、死ぬかと思った」
「アユ……アユ……」
涙目のシャンツァイにきつく抱きしめられ、アユカも隙間を無くすように腕を背中に回した。
「数時間だけ帰ってきたねん。ただいま」
「ああ、おかえり」
「感動の再会は後にしてよ。僕の寝る場所は?」
パキラの少し怒っているような声に、シャンツァイの力が緩んだ。
突如攻撃されて、謝罪もなく無視されたことに、腹が立っているのだろう。
むくれているパキラに、シャンツァイは探るような視線を向けている。
「シャン。天才魔法使いのパキラで、パキラが瞬間移動で運んでくれたねん。んで、朝早くに、また運んでもらうことになってるねん。やから、パキラの部屋が欲しいんやけど」
アユカの言った「天才魔法使い」という言葉に機嫌をよくしたパキラは、大きく胸を張っている。
考えるような素振りを見せたシャンツァイが、真っ直ぐにパキラを見た。
「フォーンシヴィの魔塔主か」
「そうだよ。僕のおかげでアニスと会えたし、アニスに怪我を負わせずに済んだんだからね。感謝してよ」
「それについては、感謝している。何か欲しいものがあれば贈ろう」
「考えとくよ」
「解決するまで度々来てほしいからな。何でも言ってくれ」
「シャン、ホンマに!? うち、いっぱい来ていいん?」
「ああ、俺も我慢の限界だったからな。アユが来てくれて助かった」
「うんうん。うちも、めっちゃシャンに会いたかった」
シャンツァイに飛び込む勢いで抱きつくアユカを、シャンツァイは軽々と受け止めている。
「アニスも女の子だったんだね」と笑うパキラには、シャンツァイの部屋を案内することになった。
アユカがいなくなってからシャンツァイはアユカの部屋で眠っているらしく、シャンツァイの部屋には掃除以外で誰も入らないそうだ。
シャンツァイが案内しようとしたが、パキラが「教えてくれるだけでいいよ」と微笑んでくれたので、豪華な赤いドアだから分かりやすいという点もあり、甘えることにした。




