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戦いが終わったというのに、パキラもアスプレニウムも疲れているようには見えない。
ここに到着した時と変わりなく涼しい顔をしていて、不思議そうに湖の中を覗き見ている。
2人の隣まで来たアユカは、「この2人は何が何でも怒らせたらあかんわ」と思いながら、お礼を伝えた。
「お疲れ様。パキラもアスプレニウム様も守ってくれてありがとうな」
「いい運動になったから気にしないでよ」
「全くだ。腕を怪我させてすまなかった」
「これくらい治せるから気にせんとってよ」
「しかし……」
「本当に大丈夫やからさ」
アユカは、歯を見せながら笑い、巾着から取り出したポーションを腕にかけた。
治せば、アスプレニウムが安心するだろうと思って。
だが、傷口にしみるだけで、怪我は治らない。
「あれ? 治らへん。普通の傷ちゃうんかな?」
まぁ、黒い物体がカスったんやもんな。
ハイポーションは作れてないからなぁ。
って、持ってても、こんな擦り傷に使わへんけどな。勿体無いやん。
「本当に大丈夫か? すぐ屋敷に戻ろう」
「ホンマのホンマに大丈夫やから。転けた時に擦りむいたみたいなもんよ。それよりも、何見てたん? って、水がきれなってる!」
アユカは、先ほど2人が見ていたように、湖を覗き込んでいる。
アユカの言う通り大きな怪我ではないし、アユカを見る限り毒の心配は無さそうなので、2人はアユカに合わせることにした。
聖女だが、小さな子供ではない。
ハッキリと物申すアユカだから、体調が悪くなったら自ら言うはずだ。
「これ、もう湖じゃないよ」
「人型の魔物生成機だったのでしょうか?」
「どうだろうね。摩訶不思議すぎて予想すらできないよ。だから、キアノティスの権限で、魔塔が調べられるように手配してもらうよ。リコティカスに私物化されているのはムカつくからね」
先ほどの戦いで怒りを発散しきれなかったのだろう。
パキラの瞳には、怒気が含まれている。
「なぁなぁ、あの底にあるの何やろか?」
アユカは、湖の底にある大きな十字架の石を指した。
2人に質問しなくても『アプザル』しているアユカには、聖女の墓石だと分かっている。
だが、パキラとアスプレニウムにも見ていてほしかったのだ。
「なんだろうね。聖女の湖だし、お清めの意味でもあるんじゃない」
「んー、でもな、あれに魔法陣が描かれてるみたいやねん」
アスプレニウムは勢いよくアユカを見てきたが、パキラはおかしそうに笑っている。
「そういえば、アニスには分かるんだったね。キアノティスが自慢気に話していたよ」
「なんや、キアノティス様はそこまで話してるんやね。やったら、全部話すわ。あれ、聖女の墓やって」
息を止めるアスプレニウムに対して、パキラはお腹を抱えて声を上げている。
笑い声の合間に、ヒーヒーと苦しそうに息を整えている。
「そんな笑わんでいいやん」
「ごめんごめん。隠し方が下手すぎたのが、後からじわじわときたんだよ」
「下手って言われるとショックやわ」
「だって、何か分からないのに魔法陣だけ分かるとか、辻褄が合わなくなるじゃないか」
「ああ! 言われたらそうやわ。おかしすぎるやん。でも、伝えなと思ったんよ」
「それは有り難いね。じゃあ、アニス。何の魔法陣が描かれているの?」
アユカは答えようとしたが、パキラに手で口を隠された。
パキラはアスプレニウムと視線を合わせ、アスプレニウムは頷くとアユカとパキラの手を取った。




