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ブツブツ言い続けている男が、台車に荷物のように重ねられている子供の死体を抱えた。
傷だらけで動かないし、目を閉じているから死んでいるんだろう。
駆け寄って生死を確かめたいが、バレるわけにはいかないのでアユカたちは動けないでいる。
アユカたちが息を潜めて様子を窺い続ける中、男は抱えた死体を湖に投げ込んだ。
もっと近くから投げてもいいだろうに、1メートルくらい離れた位置から投げている。
それなのに、湖は水飛沫も上げないし、波紋も作らない。
水音さえ聞こえてこない。
異常すぎる光景に眉間を狭めていると、湖はピンク色に染まり、瞬く間に茶色のような深緑のようなくすんだ紺色のような色に戻った。
目を疑うような時間は、男たちが死体を放り投げるという作業の間続いていた。
「終わった、終わった」
「な、なぁ」
「なんだよ?」
「こんなに人が死ぬっておかしくないか?」
「聖女が力を失ったって聞いたろ? まぁ、力を失ってなくても、聖女は奴隷なんか治さないだろ」
「で、でもよ、奴隷だからって」
「お前な! いい加減にしろよ! 大切なのはアルメリア様の幸せだけなんだよ! 他のこと考えてる場合じゃねぇんだよ! そんなことばっか言ってると、奴隷にまで落とされるぞ! 気をつけろ!」
「ここなら、俺とお前以外いないからいいだろ……少しくらい吐かせてくれ……」
「ったく、しっかりしろよ。いくらここに侵入防止の結界があっても、入れるのは俺たちだけじゃねぇだろ。どこで誰が聞いてるか分かんないんだぞ」
怒っている男が、盛大に息を吐き出している。
もう1人は、縮こまっていくばかりだ。
「あー、イライラする。チャービルで遊ぶかな」
「や、やめろよ。あんな小さい子に可哀想だろ」
「だってよ、あいつ、夜はアルメリア様の部屋に呼ばれて、朝まで戻ってこないんだぜ。生意気す……
男2人は台車を押しながら話しているものだから、声は小さくなっていき、とうとう聞こえなくなった。
それでも、パキラやアスプレニウムの許可が出るまで動くわけにはいかない。
アユカ以外は、耳がいいのだから。
アユカが静かに待っていると、アスプレニウムがパキラの肩から手を退けた。
動いていいという合図だと分かり、アユカもパキラの背中から手を離した。
振り返ったパキラが、アユカとアスプレニウムそれぞれと視線をぶつけ、頷いている。
「僕、思ったんだけど」
「どうしたん?」
「もうさ、気に食わない奴は、全員殺せばいいんじゃないかな。死にたくなかったら悪さしなくなるよ」
人は、それを恐怖政治って言うんやで。
暴君もいいとこになるんやで。
「パキラ様、よい考えだと思います。私は老いましたが、国1つ滅ぼすくらいは可能ですから」
あかんあかん。ホンマにできそうやから怖い。
国1つっていう謙虚さが、余計に怖い。
パキラとアスプレニウム様が手を組んだら、世界征服できそうやわ。
どう侵略するかを話し合っている2人は放っておいて、アユカは男たちが去っていった森を見つめた。
チャービルの居場所が分かった。
ここにきて、同名ってわけちゃうやろ。
ってことは、セージの家か青果店がアルメリアと繋がってることになる。
両方かもしれんけど。
チャービルは、連れ去られたんやろうな。
自分の意志なら、アーティを残すわけないやろうからな。
それに、あいつらのおかげで、髑髏とカッコ付き髑髏の差も何となくやけど分かった。
うちを誘拐した2人は、髑髏やった。
そのうちの1人が悩んでたにも関わらず髑髏ってことは、うちの仮説があってる裏付けになると思うんよね。
髑髏は、うちに悪意があるんはもちろん、うちが殺されることや不幸になることを分かってて行動する人で、カッコ付き髑髏は知らずに加担している人ってことなんやと思う。
下っ端の意識すらなく、悪いことをしてるって分かってない人たちなんかもしれん。
まぁ、まずはアルメリア派閥をどうにかせーなやわ。
不死身の騎士が、どう関わってるんか分かるやろうしな。
アユカが考えていた間も、ずっと戦術談義をしていたパキラとアスプレニウムに声をかけた。
「なぁなぁ、あの湖っていうより沼はなんなんやろか?」
白熱していた2人が、我に返ったように体を揺らしている。
落ち着きを取り戻したのか、2人から立ち昇る熱は感じなくなった。
「何って、死体を破棄する場所でしょ。アニスだって到着した時に『お墓』って言ってたじゃない」
「うちがお墓って言ったんは、聖女が儀式と称して殺した人らがあそこで死んだからやよ。そんなことしてたから水が濁ってるんやと思ってん」
という理由もあるけど、『アプザル』の画面に「聖女の霊廟」って表示されてんよね。
あそこに聖女が眠ってるってことやろ?
それやのに、死体の遺棄場所になってるって、どういうことなんやろ?
「昔は濁ってなかったんだよ。僕の予想では、死体を沈めはじめてから濁りだしたんじゃないかな」
「やったら、ピンクも最近なんかな? ピンクに変わるなんて、めっちゃ気になるわ。うち、ピンクは危険って知ってんねん。だって、それで伝染病や魔物の襲撃が起こってんやもん」
自分で言いながら、何かに気づいたように顔を顰めてしまった。
パキラとアスプレニウムも思い当たったようで、考え込むように俯いている。
「それは、僕も妙だと思ったよ。変哲もない湖が色を変化させるはずがないからね」
湖として見てるから「聖女の霊廟」って表示されるんかな?
水だけを見たら「毒」とかに変わるんやろか?
「水を汲んでみよ。調べたら何か分かるかもやし」
アユカは、巾着からスライムで作った薬類の入れ物を取り出しながら湖に近づいた。
覗き込むようにしゃがもうとした時、湖の中から真っ黒な腕が目にも留まらぬ速さで伸びてきた。
「「アニス!」」
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