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パキラの瞬間移動にて湖までやってきたアユカは、腕を組んで睨むように湖を見ている。
朝ご飯を済ませると、アスプレニウムの執務室に集まり、3人輪になるように手を繋いで移動をしてもらったのだ。
フリーホールのような浮遊感を体感したと思ったら、湖の畔に移動していた。
ミーちゃんは、今日もアユカの左肩を占領している。
パキラに「ここだよ」と言われ、見た湖は泥水のように濁っていて1センチ先も見えていないんじゃないかと思うほどだった。
黒い靄が発生しているようにも見える。
パキラとアスプレニウムは絶句していて、アユカは腕を組んで睨むように湖を見ているのだ。
「どういうこと?」
「私にもさっぱりです。このように汚れているとは、噂すら聞いたことないですね」
「僕もだよ」
アユカが「はぁぁぁぁ」と効果音付きで、息を盛大に吐き出している。
「当たりかぁ……」
「なにが?」
「お墓やよ」
「全く分からないよ」
パキラが、腕を折り曲げて手のひらを天に向け、上下に動かした。
アスプレニウムも数回頷いている。
「昨日の日記さ、終わり方が変やってん。まぁ、聖女は狂ってしまったんよ。いくら生き返るいうても、目の前で何回も何十回も好きな人が死ぬんやから正気なんて保てんよね。もしかしたら、次は生き返らんかもしれんのに」
「そんなもんなのかな?」
「狂うと思うよ。何十回も絶望を味わうんやから。まぁ、それは、死にたいのに生き返ってしまう騎士にも言えると思うけどな」
苦しい想いをしてまで死んだのに、目を覚ますなんて苦行よな。
生きてることが失意を連れてきて、喜びを感じることなく、青空さえも恨んでしまうんやろな。
本当は死にたくなかったって人なら、何十回も死のうとはせーへんもんな。
「2人とも狂ったってことだね。それと、湖に何の関係があるの?」
「何十回も生き返る騎士を見て、聖女は自分も死ねない体になろうとしたみたいやねん。ずっと一緒に生きるためって書いてたわ。騎士からしたら迷惑でしかないと思うけどな。
でな、聖女の延命のやり方っていうんが、聖なる泉で魔力が高い者の血を飲み、浴びることやねん」
「はっ! 狂ってる以上だね。反吐が出るよ」
「アニス。どうして、そのことを昨日クテナンテに伝えなかったんだ?」
アスプレニウムの言うことは最もだ。
日記の内容を隠す必要はない。
「確信がなかったねん。終わりにいけばいくほど文字は乱れてたし、文章はおかしかったしな。うちの解読が間違ってる可能性もあった。この湖も聖女が儀式と称して行うんならっていう、当てずっぽうやったから。
やから、外れててほしかってんよ。聖女の先輩がそんな人っていうんも、確かめるまで認めたくなかってん」
「そこまで考えが及ばず、言わせてしまってすまないな」
「いいよ、気にせんとって」
「そうだよ、アスプレニウム。気にしないでいい。僕が、ううん、僕たちが、アニスはどの聖女とも違うと分かっていたら問題ないよ。王という言葉で歴代の王を一括りできないのと一緒で、聖女も一括りなんてできないからね。アニスも、腐った聖女を先輩と思う必要ないよ」
眉根を寄せながら説教をするように強く言われて、アユカからは笑みが溢れた。
パキラが怒るように「一緒じゃない」と「アユカはアユカだ」と言ってくれたことが嬉しかったのだ。
「うん、ありがとうな」
「分かればいいよ」
屈託なく笑うアユカに、パキラも微笑んでいる。
アユカに寄り添うように身を委ねているミーちゃんの顔が上がり、確認するように左右を見渡している。
「2人とも僕に触れて。姿を隠すから」
ええ!? 姿隠せんの!?
パキラが天才すぎて、神様の粋ちゃうのって思うわ。
まぁ、うちの神様はハムちゃんだけやけどな。
踊る胸を抑えながら、アユカはパキラの背中に手を置いた。
アスプレニウムは、パキラの肩に手を置いている。
そういえば、ハムちゃん「クッソ馬鹿げた召喚」以外に何か言うてたかな?
あの会話がヒントやったとして、4つの国の説明だけやったでなぁ。
ってことは、東洋の国関係ない気もするけどな。
聖女の湖はここにあるしさ。
シャンとキアノティス様の話し合いを教えてもらったけど、神の声云々とか魔法陣とかも、今回は関係ないんちゃうの?
それにさ、聖女を恨んでると思うんよ。
それやのに、聖女を誘拐して東洋に渡そうとするんかな?
見たくないから殺したいの方が、よっぽど納得いくんやけどなぁ。
不死身の騎士が、勝手に東洋を名乗ってるんちゃうんかなぁ。
ホンマに何がしたくて、こんな壮大なことをしてんやろ?
分からんわー。
そんなことを考えていると、台車を押している男性2人組が現れた。
台車には荷物が積まれているようだが、布を被せているので中身は分からない。
「はぁ、やっと着いた」
「疲れたな」
「ここまで馬車が入れたら楽なのにな」
アユカは、聞いたことがあるような声に首を傾げた。
瞳の色が、青色なので知り合いではない。
召喚や会議の時に見たアンゲロニアの護衛騎士たちの顔ではないし、薬の製法を学びに来た人たちでもない。
マトーネダルの救助活動中に出会った街の人々に、青色の瞳の人はいなかった。
男たちが、台車に被せている布を取り外した。
見えた荷物に、パキラとアスプレニウムが強張らせた顔をアユカに向けてきたので、アユカは力なく微笑んだ。
心配しなくても悲鳴は上げないよ、という風に。
2人は慈しむように微笑んでから、視線を男たちと荷物に戻している。
アユカも心を強く持つために1度長い瞬きをしてから、真っ直ぐに前を向いている。
「こんな仕事をさせられるのも、お前のせいだからな」
「どうしてだよ」
「だって、お前、心のどっかで、あの聖女が逃げてよかったと思ってるだろ」
「それは……」
「本当にお前はダメな奴だよ。アルメリア様への信仰心が低すぎる。そんなだから、汚れ仕事しかできねぇんだよ」
アユカは「ああ!」と叫びそうになった口を、ミーちゃんが器用に羽で押さえてくれた。
優秀すぎる鳥に息を止めるほど驚いたおかげで、声が漏れることもなかった。
アユカが小さく頷くと、ミーちゃんは羽をおさめている。




