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「教えた言うても、こんな魔法あったらいいなぁって言うただけやで。実現したんがすごいんよ。だって、瞬間移動なんやもん」
「しゅんかん、いどう、ですか……」
「アニスが言っていた方法じゃなくて、このブレスレットに地図と魔術を用いていて、頭にも地図と距離を叩き込まないといけない。その上での発動になるんだ。だから、正確には魔法じゃなくて魔術道具だね」
パキラは言いながら、右腕を見せるように目線の高さまで上げてくれた。
シンプルで幅が太いゴールドのブレスレットが、存在感を放っている。
ええ!? それって、ピンクのドアと同じ発想やん!
ピンクのドアに距離計算は関係あらへんかったはずやけど、天才の発想は似るってことやね。
天才恐るべし!
そのうち、空飛ぶ雲を作ってもらおう。アレも憧れの1つよ。
「瞬間移動の魔術道具は、誰でも使用できるのでしょうか?」
「使用するだけの魔力があれば可能だよ。地図と距離なんて、すぐ頭に入れられるんだから」
いやいや、そっちの方が無理やから。
「ってことは、結構な魔力が必要なん?」
「僕にしたら微々たるものだけど、ほとんどの者は使えないと思うよ」
「そうなんか。うちも使いたかったのに」
「アニスは練習すれば使えると思うよ。僕の次に魔力多いと思うんだよね」
「ホンマに!? ヤッタ! うちにも作って! お願い!」
アユカは飛び跳ねそうなほど喜んでいるが、クテナンテは小さく喉を鳴らしていた。
アユカのことを、素晴らしいとは思っている。
民衆の気持ちを掴むことができているし、味方につけておきたい有権者や力のある者とは手を組んでいる。
いや、手を組むと言うより、仲間意識があるといった方が近いだろう。
功績も申し分ないほどにある。
それなのに偉張らず、笑顔で心を軽くしてくれる。
唯一無二の存在になっているはずなのに、ここにきてパキラが認めるほどの魔力量があるという。
親愛や敬愛はあったが、畏敬の念を抱きそうだった。
「瞬間移動できるようになったらさ、ウルティーリに帰ってもクテナンテ様やペペロミア様といつでも遊べるようになるやん! あ、ホノカとも遊べるわ! めっちゃ嬉しいわ!」
アユカの期待しかない面持ちに、クテナンテはハッとした。
この恋愛に夢を見ている、お人好しの普通の女の子に、畏敬の念は失礼に値すると。
対等な友達としてあり続けようと意志を固くしたクテナンテは、花が綻ぶように微笑んだ。
綺麗なのに可愛い顔に、アユカは真っ赤になる。
「私も嬉しく存じますわ。毎日お会いしたいくらいですもの」
「うううれしいわ」
「どうされました?」
「クテナンテ様が綺麗すぎて恋しそうやってんよ。あー、恥ずかしいわ」
一瞬、目を点にしたクテナンテは、口元を手で隠しながら笑っている。
「僕には? 僕にも会いに来てよ」
「もちろんやん! パキラも会いに来てな」
「行くよ、行く。薬にも興味があるんだ」
「それやったら、瞬間移動の魔道具の代わりに教えるで」
「いいね。楽しみにしておくよ」
楽しそうな2人は尻目に、「それはいいのかしら? 陛下にお伝えしないといけませんわ」と、クテナンテだけが重要な取引現場を冷静に受け止めていた。
「んでな、パキラにもう1個お願いがあるねん」
「なに?」
「うち、明日にでも行きたい場所があるねん。うちも一緒に瞬間移動したいねんけど、できる?」
「距離によるかな。往復しないとだからね。場所はどこ?」
「4つの国が交わっているところにある湖」
「いいけど、何かあるの? 小さいから湖っていうより池だし、面白味も何もないよ」
「面白味はあるはずやよ。古書には、聖女が現れる場所って書いてたんやもん」
「分かったよ。アニスと行けば楽しいことが起こるかもしれないしね」
「ってことは、連れてってくれるんやんな! ありがとう、パキラ!」
喜ぶアユカをどうにか止めようと、クテナンテが静かに声をかけた。
気持ちを落ち着かせてもらえるようにと。
「アニス様、陛下かお祖父様を同行させてくださいね」
「僕がいるんだから大丈夫だよ」
「パキラ様のお力に心配も不安もありません。ですが、やはり護衛は必要ですから」
「でもなぁ……パキラは3人でも魔力問題なさそう?」
「何十回も移動するとかじゃないからね。任せてよ」
「んじゃ、後でアスプレニウム様にお願いするわ」
「だったら、僕は泊まろうかな」
「かしこまりました。私から、お祖父様にも陛下にもお伝えいたしますわ」
「うん、よろしくね」
クテナンテを見送ってから、パキラが思い出したように「アニスにお願いされていた物は部下たちに任せたんだけど、後2日はかかるみたいなんだ。無能な奴らでごめんね」と謝られた。
パキラからすれば遅いのかもしれないが、アユカからすれば早い。
それに、瞬間移動と同じで、元々ダメ元でお願いしたものだ。
作ってもらえるだけで有り難いというもの。
「十分やよ。ありがとう」とお礼を伝えたのだった。
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