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1日かかると聞いていたが、半日ほどでステビアが来てくれた。
夜中で見えづらかったが、安心したように微笑んだステビアの顔が意識を失う最後に見た景色だった。
糸目でも表情分かるんやな。
そんなどうでもいいことを思った気がする。
そして、眩しさに目を覚ました時には、サルビアが操る獣馬に乗っていた。
「おはよ!」
「ふぁ……おはよう。来てくれてありがとうな」
盛大に欠伸をした後に、誠心誠意込めて頭を下げた。
サルビアもだが、周りにいるステビアたちも笑っている。
空を駆けていたが、アユカが起きたら朝食にしようと決めていたそうで、近くを流れているという川の畔に降りた。
サルビアが、手早く焚き火を起こしてくれ、朝食が始まった。
サルビアたちは4人グループで、双子のサルビアとステビア、ハーツとイーズの冒険者チームだ。
女性はサルビアのみ。
ハーツとイーズは兄弟で、2人ともパンダに似ている。
森で会った時は警戒していたが、今マジマジ見ると、つぶらな瞳が可愛いと思える。
「助けてくれて、ホンマにありがとう」
アユカは、もう1度お礼を述べた。
4人は、優しく微笑んでくれている。
「いいよいいよ。気にしないで。私たちは到着遅くなっちゃったし」
「ステビアが暴走と思うほどの速さで消えた時は、驚いたよね」
「当たり前。お気に入りのアニスちゃんの救出だよ。好感度上げなきゃなんだから」
ハーツの言葉にステビアが自信満々に答え、サルビアとイーズは笑っている。
考えるような素振りを見せたステビアが、笑顔を向けてきた。
「アニスちゃん、目の色変えてて。もし可能なら髪の色も」
「そうだね。変えてもらってた方がいいよね。目的地まで5日ほどかかるから、名前もアニスの方がいいよね」
サルビアの言葉に、ハーツとイーズも頷いている。
「ごめん。髪の毛は無理やねん。目の色は食べ終わったら変えるわ。それよりも、ウルティーリに送ってもらえるんちゃうの? どこに行くん?」
「実は」とステビアが、ウルティーリとフォーンシヴィが協力をして、敵を炙り出そうとしていることを教えてくれた。
ステビアたちは詳しい内容を知らないそうで、ただアユカをフォーンシヴィ帝国テルゴルゴ地区まで連れていくという任務を受けただけだそうだ。
うちをめちゃんこ強いアスプレニウム様に預ける気なんやな。
そこやったら、キアノティス様たちが移動を繰り返しても、ペペロミア様を連れてたら怪しまれることないもんな。
優しいから、うちの到着日に合わせて来てくれそうやもんな。
ついでに、何をする気なんか全部教えてもらおう。
キアノティスとステビアたちの関係は、ステビアたちが何も言わないで聞かないことにした。
不思議に思わない方がおかしいので知らないフリをして聞くべきかと思ったが、キアノティスの部下ということは誤魔化しようのない事実だから、別にいいかと思ったのだ。
「聞きたいことあるんやけど、うち一体どこにおったん?」
「アニスは、この大陸の形を知っている?」
イーズの言葉に、小さく首を横に振った。
「長方形の形をしていて、左右斜めに線が入っているような形なんだ」
イーズは、説明をしながら石で地面に図を書きはじめる。
「ただ均等に分けるような斜めじゃないけどね。フォーンシヴィが1番大きく、後は同じくらいかな。北にリコティカス、南にウルティーリ、東にフォーンシヴィ、西にポリティモ」
アユカは、図を見ながら説明の合間に頷いている。
「アニスがいたのは、ここ。4つの国が交わる手前のところだったよ」
ウルティーリとポリティモの国境の線の上を、石で叩いている。
「うち、マトーネダルにおってんけど、そこって近いん?」
「ううん。普通なら3日かかると思う」
「めっちゃ寝てたってこと?」
「それが、そうでもないみたいなんだよ。僕たちもグンネラ様から連絡があった時に『聖女様は、マトーネダルで救済活動中じゃないのですか?』って聞いちゃったよ。それで、シャンツァイ陛下に尋ねたら『気づくまでに半日経ってない』って言われたってさ」
意味が分からず、お手上げというように肩をすくめられた。
サルビアたちも「謎だよね」と言い合っている。
「うち、馬車移動やってんけど、珍しく馬車が揺れててんよな。引っ張ってたん獣馬ちゃうかったんかな? でも、獣馬って言ってたんよな」
「それは、キアノティス様に報告すべきことかも。他に気づいた点があれば着くまでに教えてて」
「うん、分かった」
サルビアの言葉に頷いて、何かあったかなぁと考えだした時、無性にお手洗いに行きたくなった。
トイレの紙をもらい、アユカは1人で用を足すために茂みに入っていく。
この紙の有り難さが身に染みるわー。
フォーンシヴィに着いたら、絶対に買っとこう。
後、食べ物も空間収納に入れとかなあかんかったよな。
んで、今のうちに瞳の色を変えてと。
服は見つけてもらう前に着替え終えててよかったわ。
空間収納のことはバレたくないもんな。
あれ? そういえば、通信石どこにあるんやろ?
お手洗いを終え、畔に戻ると、出発の準備が終わっていた。
「なぁなぁ、うちの通信石知らん?」
「忘れてた。預かってたんだった」
ステビアが思い出したように、自身の巾着から通信石を取り出している。
アユカに渡そうとした手が止まって、アユカを値踏みするように頭の上から足先まで見ている。
「サルビア、お前余っている巾着なかった?」
「あー、この前売っちゃったよ」
「そっか。ハーツとイーズも持ってない?」
2人は、申し訳なさそうに首を横に振っている。
そうやんな。返してもらったとしても、手で持ったままっていうんのもな。
でもさ、ようは落とさんようにすればいいんやろ。
「紐あったりする?」
「紐?」
不思議そうにしながらも「紐なら」とハーツがくれた。
アユカはステビアから受け取った通信石に、プレゼントにリボンをかけるような手順で紐を結び、首からぶら下げた。
「これで大丈夫」
「天才!」
「へへ、ありがとう」
全員で微笑み合い、獣馬はサルビアの前に乗せてもらって、空を駆け出した。
昨日は誘拐されて気を張り詰めていたが、今日はまるで遠足にでも出かけている気分だ。
ただ、いつも側にいてくれたグレコマたちがいない淋しさや、シャンツァイたちの声さえも聞けなくなった状況に孤独を感じていた。




