15
「さてと、うちは調味料を探しに森の中に入るかな」
「はぁ? あるのを使えばいいだろ?」
「森の中に調味料はないっすよ」
「んー、でもさぁ、借りるんはちょっとなぁと思って」
「いいか? 聖女なんだから、もっと偉そうにしていいんだよ。なんなら殿下さえ使っていいんだよ」
「それは人としてあかんやろ」
「こう思うのはどうっすか? アユカは、俺らに『クレネス』してくれてるっす。その報酬だと思えばいいっす」
「うーん……分かった。お塩を少しだけ貰うわ」
みんなが片付けてくれてる間の素材採取の時に採ればいいか。
今まで、塩や胡椒とかの代わりになる実は見つけてたけど、必要ないと思って採らへんかったねんな。
嫌われるんは仕方ない。
慣れてるけど……
慣れてたとしても、憎悪に傷つかへんわけちゃう。
視線も言葉も雰囲気も、全部刃物と一緒や。
普通に痛いんよ。
やから、関わらんためには全部1人でやらな。
うちは1人でもできる。
モンペキングの肉を持って移動すると、焼き場を使いたいと思われたのか、不愉快な顔をされた。
グレコマが叱ろうとしてくれたが、目を合わせて首を横に振った。
自分のことで喧嘩してほしくない。
喧嘩を見ていて、いい気分になったことはない。
心が重たくなるだけだ。
「アユカ、塩っす」
「エルダー、ありがと」
アユカは、蛇肉と塩を交互に見て悩んだ。
塩をかけたいが置く場所がない。
お皿を借りるにしても、小さくて乗せている意味がない。
机に直置きは、自分がされたら嫌なのでやりたくない。
地面にあった肉だから地面に置けばいいが、ものすごく抵抗がある。
となれば、お皿を作るしかない。
一旦、巾着の中に蛇肉を入れると、エルダーとグレコマに不思議そうに見られた。
「1本くらい木がなくなっても問題ないやんね」
「そうっすね」
笑顔で頷いたアユカは森の入り口まで行き、太い木の幹を触りながら「ごめんな。大切にするからな」と呟いた。
そして、1歩下がり、太い木に向かって手を翳した。
『ケルミーア』と唱え、XLサイズのピザが余裕で置ける大きなお皿と、スプーンとナイフとフォークとコップを作った。
続けて、錬成したお皿とコップが置ける机と、机に合う椅子を作成する。
何個も同時に言葉を思い浮かべることはできないので、1つずつ順番に思い浮かべて錬成した。
分かったことは、素材が足りなくなったら錬成できなくなるということ。
実際、2個目の椅子は作ることができなかった。
裏を返せば、同じ素材の物ならば何通りでも作ることができる。
作った物を巾着に入れて戻ると、肉や野菜が焼き終わったようで、みんな席に着いていた。
「アユカ様……あの……」
キャラウェイが、ずっとアユカの様子を窺っていることには気づいていた。
でも、側にはマツリカとフラックスがいたので、アユカから声をかけることはしなかった。
「わー、ごめん。待ってくれてたんや。ありがとう。でも、うちのことは待たんでいいから、温かいうちに食べて」
「あなた! そのい一一
「アユカ様、早くしないとお肉なくなるぞ」
「うちはモンペキング食べるから、そのお肉はいらんよ。焼くんも挑戦したいことがあるから網使わへん。先に言ってなくてごめんな」
マツリカの言葉を遮ったグレコマをマツリカは睨んでいるが、誰も何も言わない。
アユカは、気づかないふりをしただけだ。
それに、アユカが気づいたからといって、何かすれば余計にマツリカを怒らせるだろう。
そう思ったら、気づかないふりしかできなかったのだ。
巾着から取り出した机と椅子を置き、お皿の上に蛇肉を置く。
蛇肉に塩を振りかけて、手を翳した。
材料用意したら、錬金術で料理だってできるって聞いてる。
その材料の中に、火の用意は必要なんやろうか?
『メファ』使えるから、その分の魔力上乗せすることで火があることにならへんかな?
物は試し。
ハムちゃんがくれた錬金術なら、火まで用意せんでもいけるはず。
ハムちゃん、優しいもん。
『ケルミーア』を唱えて魔力を込めると、ハムスターが笑いながら「火は必要ないよ」と言った気がした。
ドームが割れて姿を現した蛇肉は、ふっくらとしていて艶があり、うっすらと湯気が立っている。
「塩焼きできたー」
「もう何でもありっすね」
「そうだな」
呆れたような声が聞こえたが、喜悦でそれどころではない。
急いで椅子に座り、巾着から取り出したナイフとフォークを手に持つ。
唾を飲み込んで、身にナイフを入れると、肉の柔らかさにナイフが沈んだ。
「おおおおおお」
1口大に切り、はやる気持ちを抑え、滴る肉汁で服を汚さないように慎重に口に運ぶ。
口いっぱいに頬張り、初めての魔物肉を味わった。
これは蛇ちゃう……魚や……
「トロけるー!」
油が多いのにさっぱりしていて、それでいて口の中に広がった旨味が余韻を残してくれる。
これやよ、これ!
お肉も好きやけど、毎日お肉ばっかで飽きてたねん。
白身魚食べたかったねん。
「美味しい!!」
食べる手が止まらず、次から次へと切っては口の中へ入れていく。
幸せに浸りながら食べていると、不意に日差しが遮られた。
顔を上げると、フォークを持ったエルダーとグレコマがいて、断りもなく蛇肉にフォークを刺してくる。
「やめてー! うちのお肉ー!」
「少しくらいいいだろ!」
「そうっす! 倒したの副隊長っす!」
アユカの止める言葉を受け入れず、2人は素早く口の中に蛇肉を放り込んだ。
フォークを口に含んだまま固まった2人は、フォークを抜いて噛みしめるように咀嚼した。
「なんだこれー!」
「うまいっすー!」
「もう1口!」
「はいっす!」
「あかーん! うちのお肉やー!」
「いっぱいあるんだから、いいだろ!」
「ケチケチするなっす!」
2人が物凄い勢いで何度も口に運ぶから、アユカも負けじと大口で食べていく。
言い合いをしながらも「美味しい」と言葉に出しては、蕩けた顔を浮かべている。
最後の1口を3人同時に口の中に入れ、3人同時に飲み込み、3人同時に満足感から息を吐き出した。
ここが縁側なら、今からのんびりと緑茶を嗜む時間になったことだろう。
「アユカ、俺が間違っていたっす」
「ああ、俺も間違っていた」
「いいんやよ。美味しさを共有できてよかったわ」
「そうっすね」
「幸せだな」
「そうやね」
3人手を重ね、握手をし、頷き合った。