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10分後、馬車が揺れ出したので、動き出したことが手に取るように分かる。
出発前に、起きてるかどうかの確認せーへんとは。
誘拐に慣れてなさすぎやろ。
呆れながら、手を縄抜けし、自由になった手で足の縄を外した。
窓が無いから暗く、暗闇に慣らしておいた目でも少し時間がかかった。
アユカはドアまで行き、開けようとしてみたが開かない。
そりゃ、鍵は閉めてるよな。
箱でいっか。
アユカは、馬車のドアに向かって手を翳し、ドアを使って箱を錬成した。
できた箱は、馬車の内側、落ちない場所に置いた。
明るっ! 昼前とかかな?
まぁ、夜じゃなくてよかったわ。
夜やったら、アホの2人組でもさすがに錬成の光に気づいてしまうかもやったしな。
アユカは、躊躇わずに水溜まりを飛び越えるような勢いでジャンプし、防御の魔法をかけた。
猛スピードで移動する乗り物から飛び降りたら、怪我をして当たり前だからだ。
だから、防御の魔法で身を守った。
体を丸め、受け身を取って背中で着地し、数メートル転がった。
着地時に音を立ててしまったが、その時にはもう音が聞こえない位置を走っているはずだ。
その事を考え、遠くに飛ぶようにジャンプしたのだから。
そう予想した通り、引き返してくる気配はなく、立ち上がったアユカは安堵の息を吐き出した。
「チコリに防御習ってて、ホンマによかったわー」
辺りを見渡してみるが、森ということしか分からない。
上を見上げても、天気がいいことしか分からない。
「とりあえず、隠れるために進もかな」
引き返してくるなら真っ直ぐに引き返してくるだろうから、右を向き、歩き出した。
腰を触るが、触る前から物が無いことは分かっている。
「巾着ないよなぁ。寝る前に机に置いたもんなぁ。シャンとどうやって連……ん? ちょっと待って」
勢いよく右手を顔の前に待ってくる。
「はぁ!? マジで許さへん! うちの指輪ないやん! シャンからもらった指輪やのに! 絶対あいつらや! マジで許さへんから!」
怒りに震えながら、頬を膨らませて歩いた。
当てもなくただ歩き続けるが、どこまで行っても森でしかない。
野いちごを見つけ、休憩をと思い、地面に座って野いちごを食べはじめる。
「ホンマにここどこなんやろか? ちょっと寒いからウルティーリではないんよな。マトーネダルからフォーンシヴィは遠すぎるからポリティモなんかな? 誰か見つけてウルティーリの方角聞かななぁ。そっち向いて歩いたら捜索隊と会える確率上がるやろうしな」
シャンのことやから、もう探しはじめてくれてると思うんよね。
早いとこ、敵の手中に落ちてへんこと伝えなあかんのにな。
何を要求されるか分からんからなぁ。
「やっぱ寒いかも。キアノティス様にもらった服に着替え……あ! あ! ああ! 連絡取れるやん! うちってば、ホンマに幸運の持ち主やわ! いや、ちゃうか。ハムちゃんの加護のおかげよな。ありがとう! ハムちゃん!」
アユカは、いそいそと空間収納から通信石を取り出した。
召喚された時にキアノティスからもらい、浮気を疑われたくなくて巾着から移動させていたものだ。
「どうやって電話をかけることができるんやろ?」
頭を捻っても分からず、受ける時と一緒だろうと思い魔力を流してみた。
すると、着信している時と同じ音が鳴った。
20秒くらいで「ピピピ、ピピピ」という音が鳴り止んだが、声は聞こえてこない。
「……」
「キアノティス様?」
「アユカか?」
キアノティスの不思議そうな疑うような声が聞こえてきた。
連絡が取れたことに安心の波が押し寄せてきて、体から緊張が抜けていく。
「あー、よかったぁ、繋がったぁ」
「は? よかった?」
「キアノティス様、助けて。お願い」
「もちろん助けてやる。が、どうした? 何かあったのか? って、どうしてそんな所にいる?」
「え? うちが、どこにいるか分かるん?」
「言ってなかったが、すぐ助けに行けるように、その通信石に追跡魔法かけてたんだ。でも、消えたから、怒ったシャンツァイが通信石壊したと思ってたんだよ」
ってことは、巾着やと魔法は途切れへんけど、空間収納やと感知できへんってことか。
それにしても追跡魔法までとは……皇帝の考えること、すごいな。
「色々話す前に、今キアノティス様って1人?」
「グンネラがいるが、グンネラが俺を裏切ることはないから安心しろ」
シャンも、グンネラはキアノティス様の腹心って言ってたな。
「あんな、うち誘拐されてん」
「はぁ!?」
「んでな、迎えに来てほしいのと、シャンにうちは無事に逃げ出したことを連絡してほしいねん」
キアノティスからの返事がなくて首を傾げていると、大声で笑う声が聞こえてきた。
グンネラの「笑い事じゃありませんよ」という声も聞こえてくる。
「腹いてぇ。はぁ……追跡魔法かけててよかったな」
「うん、ホンマに。ありがとう」
「アユカは素直で可愛いな。すぐに迎えを送ってやる。どこか隠れられる場所はありそうか?」
「うーん……今、背の高い茂みの中やから、ここから動かんようにするわ。空からも木で見えへん位置やし」
「周りから見えないなら、それがいいだろう」
通信石の向こう側からグンネラの「1番近いのはステビアたちになります。それでも1日はかかりそうです」と聞こえてきた。
キアノティスの「すぐに向かわせろ」という声も聞こえてくる。
「アユカ、会ったことあるだろ。ステビアたちがそこに向かう。あいつもアユカを気に入ってたから予定よりも早く着くかもな。悪いが1日、粘ってくれ」
「うん、近くに野いちごあるから大丈夫やよ」
「すぐにシャンツァイに連絡するが、何か伝言あるか?」
「無事やってことを念入りに伝えてほしいんと、うちが見破れんかった睡眠薬のせいやからみんなを怒らんといてほしいのと、アルメリアが関わってるらしいことかな」
キアノティスが、重たい息を吐き出している。
「あいつは、どこまで頭が悪いんだ」
「キアノティス様、知ってる人なん? うち、会ったことないんやけど、相当恨まれてるみたいやねん」
「アンゲロニアの妹だ。アユカを恨んでるのは、シャンツァイの婚約者だからだろう。あいつはシャンツァイに惚れ込んでるからな」
「シャンの元婚約者の人」
「そうだ。俺もあの女は好きじゃないが、クテナンテに至っては口も聞きたくないほど嫌いらしい」
「ええ!? あの穏やかなクテナンテ様が嫌う人がおるなんてビックリやわ」
「それは、クテナンテがアユカを気に入ってるから穏やかに見えるだけだ。あいつは恐いぞ」
「そんなこと言うたらあかんのにー。チクろう」
「やめろ!」
同時に笑い出した。
明るいキアノティスの声に、元気をもらえた気分だ。
「いつでも繋がるようにしとくから、何かあったり不安になったらかけてこい」
「うん、ありがとう。何かあったら、すぐ連絡する」
「ああ、上手く隠れておけよ」
通信が切れた通信石を握りしめた。
空間収納に片付けるわけにはいかない。
何があっても落とさないようにしないとと、縋り付くように握りしめていた。
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