157
午前中は、食事を配給して竜笛を吹き、まだ会っていない住民たちを訪問した。
午後からは、森に行き薬草を採取し、崩れた街に置かれたままの魔物を錬成した。
そんな日を3日ほど過ごしたが、初日に見た4人と騎士以外に髑髏マークはおらず、その4人とも会っていない。
そして明日の朝、交代というか物取りをするための増員の騎士が到着する前日の夜。
マトーネダルに来て、1週間働き詰めだったからだろうか。
アユカはいつも以上に眠たく、シャンツァイたちとの会議が終わった後、すぐに休むことにした。
ベッドに潜ったことまでは覚えている。
だが、潜った刹那に眠ったのか、ベッドの上でゴロゴロした記憶はない。
はぁ……マジで意味不明や……
寒いと思って起きたら両手両足を縛られていて、こじんまりとした暗闇の中だった。
この世界では感じたことのない、移動特有の揺れを感じる。
機械で動く乗り物はないはずなので、馬車だと予想した。
全く記憶にないけど、どう考えても誘拐されたんやんな。
ってことは、連れ去られてから、どれくらい経ったかが重要になるな。
いや、ちゃうわ。
前世での誘拐と同じ基準で考えたらあかんわ。
獣馬で移動してるやろうから距離を測ることはできへんし、犯人の目的が何一つ分からんし、目星すらつかへん。
それは、シャンたちもそう思うやろうしな。
ってか、グレコマとエルダーがめちゃくちゃ怒られるんやろうなぁ。
何がどうなってこうなってるんか分からんから心配ではあるけど、みんなが無事であることを願おう。
うち怪我してないっぽいし、みんなも怪我してませんように。
ってことで、まずは情報収集やな。
横向きに寝転がっていた状態から上向きに変え、お腹に力を入れて上半身を起こす。
足をお尻まで引き寄せ、振り子のように上半身を揺らして立ち上がった。
縄抜けできるけど、急にドア開けられて動けることバレたら、手足切られるかもやしな。
あー、怖い怖い。痛いのは嫌やわ。
平然とそんなことを思いながら奥側に飛び跳ねて移動し、御者台との接している壁に耳を付ける。
くぅ! 何も聞こえへん。
窓もないしなぁ。今が夜か朝かも分からん。
どうしようかなと考えていたら、馬車が急停車したようで体に重力が加わり転けてしまった。
いった! 何やねん、もう!
先ほどまで体に伝わってきていた揺れを感じなくなり、外で何か会話している声が聞こえる。
だが、何を話しているかは聞き取れない。
ドアが開く音がし、咄嗟に目を閉じた。
「どうしてあんなに奥にいるんだ?」
「はぁ? お前がさっき無理矢理止まったせいだろうが!」
「んな怒るなよ」
馬車に乗ってきているような音が聞こえる。
「まだ起きねぇな。睡眠薬効きすぎじゃないか?」
「起きない方がいいんだよ。こいつが起きないってことは、宿舎の奴らもまだ眠ったままってことだ」
「ああ、そうだな。強力な睡眠薬って言ってたしな。今のうちに獣馬を休ませて、俺たちも飯にしようぜ」
「そうするか。長い道のりだしな」
男の足音が聞こえ出した。
馬車を降りるのだろう。
でも、まだ近くに気配を感じる。
「なぁ、こんなに明るい子が、本当に邪悪なのか?」
「何を言い出してんだよ」
足音が止まった。
「だってよ、この子、ずっと笑顔だったじゃねぇか。野蛮な奴らに対してだぜ」
「何言ってんだ。それこそが、その子も野蛮だって証拠だろが。簡単に暴力振るうって聞いてるだろ」
「そうだけどよ……」
「それに、その子のせいで、どれだけアルメリア様が泣いてると思ってんだ」
「……そうだったな。アルメリア様の幸せのためにも悪を正さなきゃな」
足音が遠ざかり、ドアが閉まる音がした。
アユカは、本当に誰もいないのか薄目で確認をしてから、目を開けた。
なるほどなぁ。
めっちゃ眠たかったんは、睡眠薬のせいやったんか。
でも、毒が怖いから食堂では『アプザル』してたのにな。
いつ飲まされたんやろか?
それとも、嗅がされた?
まぁ、今はどっちでもいいか。
もし、うちみたいに自然と起きへんくても、今日新たに騎士隊が着く予定やったから、宿舎の方は大丈夫やろう。
ってかさ、どこまで運ぶ予定なんやろか?
大陸が大きすぎるから、どこ行くんも長い道のりやもんなぁ。
まぁ、行くとこは、アルメリア様のところなんやろうけどさ。
そもそも、アルメリア様って誰やねん。
会ったことないのに、泣かしたことなんてないわ。
んで、なんでうちが、悪やら邪悪やら言われなあかんねん。
この世界では、そんな肩書きないはずやと思ってたのに。ひどいわ。
小さく息を吐き出して、懐かしくも感じる暗い気持ちを外に追い出した。
さて、逃げよか。
誘拐犯は2名みたいやから、逃げるんは簡単やわ。
2人おるんなら1人は運転して、もう1人は見張らなあかんもんやのに。
どうせ目を覚ましても、怯えて動かれへんと思ってんやろな。
やから、2人して御者台におるんやろう。
しかも、服着た状態で放っとくなんて、逃げてくださいって言うてるみたいなもんやで。
こちとら、誘拐されるプロなんよ。
舐めてもらったら困るわ。
「フッフッフッフ」と口角を上げて笑い、馬車が動き出すのを待った。




