146
マトーネダルの街に着いたアユカは、上空で歯を食いしばった。
家屋は崩れ、襲ってきただろう魔物の死体が建物に寄りかかったままだ。
黒く焼け焦げている場所もたくさんある。
「魔物邪魔やのに焼かへんのかな?」
「倒した魔物の近くに、まだ救助できていない住民がいるかもしれないからな。焼けないんだろう。焼くために魔物を運ぶよりも、行方不明者を先に探したいんだと思うぞ」
関門に隣接している騎士の宿舎は被害が無かったようで、アユカたちは宿舎に滞在することになっている。
地上から救助隊が来たのが見えたのだろう。
宿舎前に降り立った時には、住民たちが集まってきていた。
縋るように泣き出しそうな顔で見られる。
そして、どこからともなく叫び声が聞こえてきた。
「聖女様だ! 聖女様が助けに来てくれたんだ!」
その声は辺りを水を打ったように静まり返られせたが、瞬時に暴動が始まったかのような雄叫びが広がっていく。
「聖女様!?」
「本当か?」
「どこだ?」
「助けてください!」
住民たちは緊迫した表情で走るように、アユカたち一行に詰め寄ってくる。
「どうにかして止めな」と思ったアユカと住民たちの間に、突風が吹いた。
先頭にいた住民たちが、何人か転倒している。
アユカはグレコマを見たが、グレコマにゆるく首を振られた。
となると、この隊に風魔法はもう1人だけだ。ボリジだ。
「陛下の命で救援物資を届けにきた。午後から我々も救助活動を行う。そして、聖女様はそなたたちを見舞いながら重傷者から治してくれると約束してくれている。申し訳ないが、もう少し待っていてくれ」
ボリジの大声に、住民たちは怯えたように顔を俯かせてしまっている。
救助活動に優先順位があることは理解しているが、きっと誰もが不安で、真っ先に手を差し伸べてほしいと思うのは仕方がないことなのだろう。
襲われた日から、屋外で過ごしている人たちが大勢いる状況だ。
肩を寄せ合い、励まし合って過ごしているが、何を心の支えに踏ん張ればいいのか日々分からなくなっていく。
大切な人が亡くなった人は虚無に包まれているだろうし、大切な人が行方不明だったり重症だったりする人は神に祈りながら心を擦り減らしているだろう。
そうでなくても、一夜にして平和を奪われたのだ。
恐怖に支配され、助けてほしいと強く願うものだろう。
「ひどい」
「騎士が国民に怪我させるなんて」
「私たちなんて死んだ方がよかったのよ」
小声で、そんな言葉が聞こえてきた。
アユカに聞こえたくらいだ。
全員に、はっきりと聞こえている。
ボリジが、開きかけた口を閉じた。
何を言っても逆効果になることは、アユカたちにも予想できた。
だが、やりすぎだと思う住民がいたとしても、ボリジがしたことは正しい。
アユカが怪我をしたら、住民を治すどころじゃなくなる。
優しく諭せるような場面ではなかった。
それに、疲弊していなければ転倒するほどの突風ではなかった。
被災地って、こんなんなんやろか?
瘴気で困ってるんとは違うから、今までの反応と異なるんは分かるんやけど、なんかおかしいと思うんは勘違いなんやろうか?
切羽詰まってるんは分かるし、突風やなくてもよかったんちゃんとも思うよ。
やけど、仮にも救援物資を届けにきた騎士に対しての反応ちゃうと思うけどな。
それほどまでに疲れ切ってるんやろうか?
アユカは、住民たちを見渡してから、巾着から竜笛を取り出した。
グレコマを見ると頷いてくれ、ゆっくりと音を奏ではじめる。
自分たちは助けにきたのだと。自分たちを信じて待っていてほしいと。
アユカが吹き終わると、泣きながら膝をつく住民や、無意識に拍手している住民など様々だった。
「お昼から順番に怪我を治していくから。みんなの怪我が治るまで滞在するから安心して待っといて。絶対に治してあげるから」
アユカは笑顔でピースをしてから、ボリジの背中を柔らかく叩いて、宿舎の中に入って行った。
「アユカ様。収めてくださりありがとうございました」
「ううん、いいよ。うちこそ守ってくれてありがとうな」
「恐縮です」
「それと、夜でもいいんやけど、話たいことあるから時間作ってもらっていい?」
「はい。夜、部屋にお伺いしてよろしいでしょうか?」
「それでいいよ」




