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「本日は、ここで野宿にしましょう」
ボリジの言葉に、アユカは頷いた。
「アユカ様、大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるやん。うちはそんなにヤワちゃうって、グレコマは知ってるやろ」
王宮を出発して3日経っている。
此度の移動に、馬車は使用していない。
獣馬だけの移動の方が速いと聞いて、アユカが馬車をやめて獣馬だけで向かおうと提言したのだ。
シャンツァイに却下されるかもと思ったが、シャンツァイも賛同してくれ、グレコマの獣馬に乗せてもらっている。
馬車で移動するよりも1.5倍の速度で移動できるので、明日の午前中には街に着く予定だ。
相当、近くまで来ているらしい。
草原に降り立つと、1人では絶対に動かせない石の下に、獣馬の手綱の先を置く。
木に結びつける方が楽だが、魔物の異常行動があった後なので、森の近くに獣馬を待機させておきたくない。
何かがあった時すぐに乗れるように、テントの真横に控えさせていたい。
獣馬同様に、テントも周りが見渡せる広場にしか設置していない。
戦えるスペースの確保が必要だし、近づかれる前に気づきたいのだ。
アユカは、出発前に誰の前であろうと堂々と錬成する許可を、シャンツァイに取っていた。
王宮でかなりの数のポーションを作ったが、足りるかどうかなんて現場に行ってみないことには分からない。
というか、きっと足りないだろう。
マトーネダルの街や往路で薬を作りたいので、こそこそしていると効率が悪くなる。
料理も錬成で作る方が早いし、その分の負担を減らすことで救助活動の時間を増やせる。
アユカが思いつく全てを話さなくてもシャンツァイには伝わったのか、「好きなようにしていい。したいようにしてこい」と送り出してくれていた。
今日もボリジの指揮のもと、テントを張る組と魔物を狩りに行く組とに騎士たちが分かれている。
食事は持たされているが何かあった時用に置いておこうと、料理なら自分が一瞬で作れるからと、アユカが初日にボリジに提案したのだ。
ボリジは頷き、道中にあてられている食事を分割して全員に配った。
そして、アユカは騎士たちにお辞儀をされた。
誠心誠意込められてされる最敬礼が腑に落ちなくてグレコマに尋ねたら、第3騎士隊は調査隊になるらしく、危ないと噂される場所を事前に探索する隊だそうだ。
情報があやふやなままで動く隊だから、どの隊よりも死亡率が高いらしい。
任務途中で逸れてしまう騎士も少なくなく、その場合食事が最も困難になるから、分け与えてもらえることの有り難みをよく知っているんだそうだ。
「でも、前もって鞄に入れてたら心配ないんちゃん?」
「みんな入れてるさ。でも、どこでどうなるかなんて分からないだろ。いくらあってもいいんだよ」
「それもそうか」と納得していたのだった。
騎士たちが動いてくれている間、アユカは薬草採りに専念している。
街や街の周りに十分に薬草があればいいが、ない可能性もある。
どちらかというと、魔物が暴れた後なのだからない可能性の方が高い。
採れる時に採っておく必要があるのだ。
食事が終わった頃合いに、アユカが笑顔で全員を見渡した。
「明日から一際大変になるやろうから、激励として竜笛吹くわ。それか、三線作ったから三線でもいいで」
王宮を出発した時から、どこか空気が張り詰めている。
災害地に救援部隊として行くのだから当たり前のことなんだろう。
理解しているが、神経を研ぎ澄ましているような雰囲気に、アユカ自身が疲れていた。
アユカが疲れているということは、獣馬を操っている騎士たちはもっと疲れているということ。
少しでも癒しになればと思ったのだ。
「三線って、なんすか?」
「落ち着く音を出す楽器かな」
「だったら、それがいいっす」
「俺は笛が聴きたいです。騎士隊の中で、綺麗な音色って噂になってる音が聴きたいです」
「噂になってんの?」
「はい。第1騎士隊だけズルイって、不満に思っている者が多いんですよ」
笛が聴きたいと言った騎士を、ボリジはどこか揶揄うように言っている。
そして、優しい声色を出した。
「私も息子から聞いて、1度拝聴したいと思っておりました」
「ネペタが褒めてくれてたとか、初めて知ったわ」
そう、ボリジはネペタの父親なのだ。
ネペタが憧れていて、目指している人物だ。
ボリジとネペタは髪や瞳の色、顔さえも似ているが、ネペタとは違い何があっても泣きそうに見えない。
戦国時代の道場の師範じゃないかと思うくらい厳格な男性に見えるが、笑うと目尻に寄る皺によって途端に可愛い印象を与えてくるのがボリジだ。
「これぞ、ギャップ萌え」と、アユカは密かに思っていた。
「口下手なやつですからね。アユカ様の前では、照れて余計に上手く話せないのでしょう」
照れられたところ見たことないけど、そういうことにしとこう。
いい気分のまま終わりたい話やしな。
「んじゃ、今度ネペタ呼んでお茶でもするわ」
ボリジが吹き出し、目尻に皺を作りながら声を上げた。
笑っている声が響き、王宮を出発してからの時間で最も和やかな空気が流れている。
アユカは、竜笛か三線のどっちを聴きたいかの多数決を採って、軍配が上がった竜笛を吹いた。
アユカの演奏に顔を綻ばせる騎士たちを見て、アユカは被災地でも毎日吹いてみようと思ったのだった。
明日から舞台はマトーネダルの街になります。
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