13
1つ目の事件が起きたのは、国境付近だという街道の途中だった。
馬車に乗っていて初めて小さく揺れたので何かと思ったら、手で耳を塞ぎたくなるような甲高い声が聞こえた。
慌てて窓を開けて身を乗り出すと、木々よりも大きくて太い蛇が街道を塞いでいる。
黒と白のまだら模様に、ピンクの瞳をしていて、額にはピンクの菱形の痣がある。
細長い舌の先端は鋭く尖っていて、舌で貫いてくるんじゃないかと考えてしまうほど、意志を持って動いているように見えた。
「なんなん……」
「聖女様、窓を閉めてください!」
御者台に座っているフラックスに怒鳴られた。
グレコマたちは獣馬を操り、巨大な蛇を取り囲んでいる。
隣にやってきたキャラウェイに窓を閉められ、手を強く握られる。
「大丈夫だよ。フラックスたちは強いから安心して」
気遣うようなキャラウェイの声は、放心しているアユカに届いていない。
魔物や……スライム以外で初めて見た……
魔法を使って感動して、錬金術にも感動して、獣馬にも感動して……
それだけの世界なわけないよな。
魔物で困ってるから喚ばれたんやもん。
っていうか、マジで魔物凄くない?
あんなにデカくて強そうでさ。
めちゃくちゃカッコいいやん!
アユカは怖くて放心しているわけではなく、感動して言葉を失っていたのである。
動物も爬虫類も虫も、アユカは怖くないし、気持ち悪くない。
全部触れるし、害があると思った虫は躊躇わずに殺すことだってできる。
つまり、魔物だろうと蛇は蛇なので、怖くも気持ち悪くもない。
逆に、強そうで感動してしまっていた。
魔法使って戦ってんやでな?
うわー、見たいー!
無意識に拍手を仕掛けた時、窓を叩かれる音で我に返った。
ん? なんでキャラウェイ様と手を繋いでるんやろ?
怖かったんかな?
よしよし。
繋いでいた手で頭を撫でると、キョトンとされた。
アユカも首を傾げるしかない。
もう1度窓を叩かれる音に、急いで窓を開けた。
「倒しましたが処理に時間がかかりますので、ここで休憩にしましょう」
もう倒したん!? すごっ!
騎士って、やっぱ強いんやー。
見る目変わるわ。
近くで見ようと上機嫌で馬車から降り、一目散に大蛇の傍らにいるエルダーの元へ駆けていく。
「え? アユカ、気持ち悪くないっすか?」
「全然。むしろ触りたいくらい」
「変とは思ってたすけど、本当に変な女の子っすね」
「そうかなぁ」
「そうっすよ」
「ふーん、変でいいや。そんなことより、どうやって処理すんの?」
きっと食べるんやんね。
肉厚そうやから美味しいんやろうなぁ。
繊維質じゃないことを祈ろう。
「俺の火魔法で焼き尽くすっす」
「こんなに大きいんやから、1度やと無理ちゃう」
絶対に食べきられへんよ。
「2時間はかかるけど仕方ないっす」
「それまでおあずけなん? お腹空くやん」
「え?」
「ん?」
言葉の意味が理解できないという顔をされ、アユカもどうしてそんな顔をされているのか分からない。
「何言ってるっすか?」
「だから、これが焼きあがるまでお昼ご飯食べられへんって、お腹空くやんて言ったねん」
高速瞬きをしたエルダーにもう1度同じことを聞かれ、アユカも一語一句同じ答えを返した。
すると、口を半開きにして青い顔をしたエルダーが唐突に叫んだ。
「うわーん! 副隊長、助けてくださいっすー!!」
エルダーの切羽詰まった声に、グレコマだけではなく全員集まってくる。
大蛇の前で、ただならぬ雰囲気なのだ。
余程のことがあったと思って、固い顔をしている。
「エルダー、どうした?」
「アユカが怖いっす!」
グレコマに見られ、アユカは訳が分からないと顔を横に振った。
「昼食にモンペキングを食べるって言うんすよ!」
モンペキング?
この蛇のことやろうか?
大蛇を鑑定すると、モンペキングと表示された。
ほうほう。
皮は丈夫で服や鞄にしやすいと。
お肉は鰻のように美味しいと。
歯は呪い消しの材料になると。
捨てるところほとんどないって、めちゃくちゃ優秀な魔物やん。
鑑定結果を読んでいると殺気を感じて、咄嗟に左腕が動いた。
マツリカに頬を叩かれそうになっていたようで、目の前には真っ赤な顔で目が釣り上がったマツリカがいた。
「いい加減にしてよ! 聖女だか何だか知らないけど侮辱しないで! 私たちみたいな野蛮で貧しい人間は、魔物を食べるとか思ってるんでしょ! どこまで失礼なのよ!」
ん? んー?
キャラウェイは悲しそうに俯くし、騎士の2人はマツリカと同じように怒っている。
「あなたみたいな聖女、本当は世話したくないんだから!」
「マツリカ様!」
フラックスが、マツリカの肩を掴んでアユカから離した。
グレコマが、ため息を吐き出して頭を掻いている。
「いい加減にするのは、マツリカだろう」
「何ですって!」
「アユカ様が、いつ俺たちに対して野蛮だと言った?」
「そう思っているから当たり前のように、私たちが魔物を食べるって言ったんでしょ」
「俺たちだけのことじゃなくて、アユカが食べる気満々で言ってきたっすよ。だから、怖かったっす」
キャラウェイが、勢いよく顔を上げた。
瞳が潤んでいるから泣くのを耐えていたんだろう。
表情には、まだ悲壮感が見え隠れしている。




