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オレンジ色の髪の女の子アーティの家は、家が連なっている端っこも端にあった。
隙間だらけの家で、大きな隙間には布があてがわれている。
「やめてよー! かえして!」
家の中の音や声が、外にいるアユカたちに丸聞こえだ。
アーティの悲痛な声と、物と物とがぶつかっているだろう音が聞こえてくる。
「うるさい! 犯罪者の子供のくせに!」
「そうだそうだ!」
「さっさとどっか行け!」
アユカは、深い息を吐き出した。
リンデンの表情は変わらないが、グレコマたちは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
アユカがドアを開けようとしたらグレコマに止められ、エルダーが開けてくれた。
突然開いたドアに驚いたのだろう。
中にいた4人の子供は、石のように固まっている。
「何してんの?」
「え? いえ、その……」
「まずは、その足を退けよか」
アユカの平静な問いかけに、1人の少年が床に蹲っているアーティの背中から足を退けている。
少年たち3人はアユカのことは怖くないが、屈強に見える騎士たちがいるのだ。
特にリンデンは、縦にも横にも大きい。
魔物を見ているのでは? と勘違いしてしまうほど、顔を青くして震えている。
床に座ったままだが、寝そべっている状態からは起き上がったアーティが小さな声で泣いている。
「もう1度聞くわ。こんなに小さい子を虐めて楽しいん?」
「い、いじめてない!」
「じゃあ、何してたん?」
「生意気だから分からせてたんだ」
「そうだそうだ。犯罪者の子供はもっとお淑やかにならないといけないって、母ちゃんが言ってた」
「俺の父ちゃんも、こいつらが住んでるのはおかしいって言ってた」
1歩踏み出そうとしたエルダーを、アユカはエルダーの服を掴んで止めた。
不思議そうに見てくるエルダーと、アユカは目を合わせない。
少年たちを真っ直ぐに見ている。
「あんな、もし親が犯罪者やったとしても、その子は何もしてへんやん。それやのに、悪いって決めつけるんは違うやろ」
「犯罪者の家族は犯罪者なんだぞ」
「そう。やったら、君らの家族も犯罪者やね」
「金持ちだからって嘘つくな!」
ん? うちを聖女と認識してへんのか。
まぁ、小さな子供には聖女云々は分からんか。
「嘘ちゃうよ。だって君ら、今その子から食べ物盗んだやん」
少年たちが手に持っているサンドイッチを指した。
昼間に騎士が、アーティに渡した2人分のサンドイッチだ。
「こ、これは、犯罪者には贅沢だからだ」
「そうだそうだ」
「やからって、人から物を盗んだら犯罪者やん。それに、君らがその子を虐めて、その子が死んだら殺人犯ていう犯罪者になるんやで。んで、君らの家族は全員犯罪者になるんやで。そういうことで合ってるやんな?」
少年たちは、思い悩むように俯いてしまった。
アユカは小さく息を吐き出し、巾着からお菓子を取り出した。
「君らが取ったご飯は返そか。その代わり、こっちあげるから」
少年たちは顔を見合わせてから、サンドイッチを近くにあった壊れかけの机に置いている。
そして、おずおずとアユカの元にやってきた。
「美味しいもん食べたい気持ちは分かるけど、どんな人間も君らと同じようにお腹空くねんで。お腹空く辛い気持ちは一緒なんよ。やから、大切にご飯食べるねん。それは、分かるやんな?」
お菓子を渡しながら言うアユカの言葉に、少年たちはかすかに頷いている。
「君らは、このお菓子を誰かに取られんように帰りな。誰かに取られたら悲しいやろ?」
今度は大きく頷いて、騎士の間を縫うように走って外に出ていった。
「アユカ、いいんすか?」
「何が?」
「怒らなくてっす」
「怒る必要ないやん。うちの言葉に耳を傾けられる子らやで。まぁ、アーティに謝罪がないのは気に食わんけど。それに、こうなりそうとは思ってし」
「そうなんすか?」
「アーティが2人分受け取るんを、ヒソヒソしながら見てた子らやからね。いくらご飯を配ろうが1食分やん。夜にはお腹が空くよ。また食べたいって思ったんやろうね。悪いことをしたけど、怒ったら可哀想やよ」
でも、どこ行っても偏見は付き纏うんやね。
そもそもアーティの親は本当に犯罪者なんか?
やから、奴隷って表示されたんか? 分からん。
鑑定で奴隷と記載されていたことは、広場でアーティが気になった理由の1つだった。
びっくり仰天したが、咀嚼していないサンドイッチを喉を痛めながら飲み込む程度に抑えられていた。
ただ言い表せられない黒くモヤモヤしたものが、胸に広がっていた。
「そんなことより、アーティやわ」と、アユカはアーティの横にしゃがんだ。
泣いているアーティの顔が上げられる。
「怪我治そか」
涙を手の甲で拭うアーティは、顔を大きく横に振っている。
「だいじょぶです。アーティ、おかねないです」
「お金はいらんよ」
「いらないですか?」
アユカは、手のひらでアーティの涙を拭おうと手を伸ばした。
すると、顔の横にハンカチをチラつかせられたので見上げたら、白けた顔をしたグレコマと目があった。
「いつも持ってないよな?」と、瞳が言っているように感じる。
「ハンカチくらい持ち歩け」
「今度から10枚は巾着に入れとくようにするわ」
呆れたように息を吐き出すグレコマからハンカチを受け取り、アーティの涙を拭く。
「うちは今日、この街の人たちをタダで治してるんよ。やから、アーティも無料やで」
「ほんとなのですか!? じゃ、じゃ、お兄ちゃん治してほしいのです」
「出かけてるお兄ちゃんは怪我してんの?」
「はいです! 背中にキズがあるです!」
「分かった。治すって約束するわ。でも、まずはアーティ治そな」
「ありがとです!」
泣いていたのが嘘のように満面の笑みになったアーティを、霧のポーションで治した。
アーティは瞳も口も大きく開けて、「すごいのです」と何回も言いながら、蹴られただろうお腹を服を捲り上げて見せてきた。
アユカは笑いながら「お腹冷えるで」と服を整えてあげたのだった。
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