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大きく息を吐き出すと、頭の上から気遣うようなリンデンの声が降ってきた。
「大丈夫か?」
「思ってたより魔力使ったけど大丈夫やよ。うちのことよりもさ、リンデン見てよ。こんなに綺麗な街やってんな」
「そうだな。どの家も新築に見えるな」
やんな。もう薄暗く見えへん。
景色が明るいと、気持ちも明るくなると思うねんな。
全員がってわけちゃうかったけど、鬱蒼とした顔の人らもおったからな。
少しでも気持ちが穏やかになってくれてたらいいな。
「降りるぞ」
「待って待って! 『クレネス』もしたいねん!」
「アユカ殿、本当に無理してないか?」
「してへんよ。うち、元気に見えるやろ」
歯を見せて笑うと、リンデンは諦めたように微笑んでくれた。
アユカは、『リーグ』の時と同じように両手を突き出し、『クレネス』をかける。
『クレネス』も一瞬で終わらなかったが1分ほどで終わったので、それほど長く感じなかった。
アユカたちが先程の場所に降り立つと、遠巻きに見ていたはずの住民たちから拍手をもらった。
アユカがダブルピースを頭の上に掲げながら笑みを浮かべると、拍手が止まりピースを返してくれる。
おお! 貧民街いうても、さすが王都!
ピースの噂を、みんな知ってたんやね。
「ご飯配るから並んでなー!!」
アユカが叫ぶと、グレコマに軽く背中を叩かれた。
「風魔法で声届けるようにするから叫ぶな」
「そっか。ごめんごめん」
「謝ることじゃない。それより、俺らがご飯配ってる間は休んでろ」
「そうっす。張り切りすぎっす」
他の騎士たちにも大きく頷かれて、アユカは「まだ大丈夫やのに」と言いながら渋々椅子に座って休むことにした。
アユカたちが拠点にしている場所は、小さな広場になっている。
そこの隅に、休憩できるように椅子と小さなテーブルを置いているのだ。
騎士が5人、等間隔で横並びになり、残りの5人が住民たちの列を整理している。
アユカの横にはリンデンが待機し、グレコマとエルダーは広場を見渡せる位置にいる。
アユカは魔物肉のステーキサンドを食べながら、ステーキサンドや卵サンド、おにぎりなどを受け取っている住民たちを『アプザル』していた。
ほとんどの人が栄養失調かぁ。
みんな、細いもんなぁ。
魔物肉が安く出回ってても手に入らへんのやろなぁ。
住民たちには、ご飯と一緒に栄養ドリンクを渡している。
1回のご飯で元気になるはずはないと予想できていたので、栄養ドリンクを渡すことははじめから決めていたことだった。
「あ、あの、夜までいるですか?」
切り揃えられていないオレンジ色の髪の毛の、5歳くらいの小さな女の子が騎士に尋ねている。
アユカからは1番近い位置にいたので、声が聞こえてきたのだ。
「日暮れ前には帰るかなぁ」
「そうですか……あ、あの、お兄ちゃんの分ももらえるですか?」
「ん? お兄ちゃんは、どこにいるの?」
「お兄ちゃんは今はたらきにいってて、夜じゃないと帰ってこないです……そ、それで、ごはん食べてほしいです」
「そうなんだね。お兄ちゃんの分も持てるかな?」
「もてるです!」
うーん……どうしたもんかなぁ。
アユカは立ち上がり、嬉しそうに2人分のご飯を受け取っている女の子に近づいた。
「なぁなぁ」
「え? あ、あちし?」
「うん、そう。こっちおいで」
小さな女の子を手招きして、さっきまで座ってた席に戻ってきた。
一緒にいた宮廷医たちもリンデンも戸惑っているだろうが、顔色に変化はない。
「名前聞いてもいい?」
「はいです! アーティいうです!」
「可愛い名前やね。アーティは、今ここでご飯食べへんの?」
「お兄ちゃんといっしょに食べるです」
「そっか。アーティの家はどこにあるん?」
「アーティの家は端っこにあるです。さっききれいになってうれしいです」
「お兄ちゃん、帰ってきたら驚くやろね」
「はい。お兄ちゃんもうれしい言うです」
長い前髪のせいで顔がきちんと見えないが、笑っているんだろうと分かった。
サンドイッチを抱えて去っていくアーティを手を振りながら見送り、去っていった方向を忘れないようにする。
「アユカ様。あの子がどうかされたんですか?」
「うーん、ちょっとな。何もなければいいんやけどな」
アユカの煮え切らない返事に、ソレルは首を傾げている。
「さ、半分くらいの人らにはご飯渡ったやろうし、病気の人ら見て回ろう」
アユカの「この話はお終い」と告げるような言い方に、リンデンたち3人は静かに頷いたのだった。
明日も11時と12時の予約投稿になります。
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