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会議が終わり、アユカはホノカを誘って、クテナンテの宮に遊びに来ている。
シャンツァイは「キアノティスが来るそうだ。会わないうちに、さっさとお茶に行ってこい」と送り出してくれた。
「たぶん手合わせするんじゃないか」というグレコマの言葉に、「見に行きたい」と飛び跳ねたアユカだったが、2人の模擬試合は見ているだけでも命の保証がないと引き止められ、渋々諦めたのだった。
「明日には、もう帰られるのですね」
「予定より1日早いけどね」
「クテナンテ様やホノカと会われへんなるんは寂しいけど、やりたいこと多いから早く戻らな」
ペペロミアの寝息が「スピースピー」と聞こえてくる。
「さっきも言ってたよね。何をする予定なの?」
「慈善活動。本来なら王都の貧民街と孤児院訪問終わってたはずやねん」
「素晴らしいですわ。私も仕事の復帰の手始めは、慈善活動をと思っておりますの」
「2人とも凄いなぁ。私にはまだ無理だわ。今1日に20人しか治せないもん」
「私は治癒できませんよ。できることは、物資の提供と炊き出しをすることぐらいですわ」
「ホノカもしたいって思うんなら、治癒魔法でしか治されへん人は治癒魔法で、それ以外の人らには薬配るとかでいいんちゃう」
「私に病気の重さの違いは分からないよー」
「医者に手伝ってもらったらいいやん」
「ええ、宮廷医たちを巻き込めばよろしいですわ。見習い医師に経験を積ませることができますわよ」
「そっか。イフェイオン様に相談してみようかな」
聞きたいと思ってた名前が出てきた!
アユカはニケやる口元を隠しきれないままホノカを見ると、ホノカは何かを察したように視線を逸らしながらお茶を飲んでいる。
「なぁなぁ」
「あー、知らない」
「まだ何も言うてへんやん」
「知らないなぁ。聞こえないなぁ」
アユカの全身から漂っている好奇心に、クテナンテが口元を手で隠しながら笑っている。
「イフェイオン様とは結婚すんの?」
「あら、ホノカ様も王妃になられますのね」
「しないし、ならないよ」
「え? なんで?」
「ええ、どうしてでしょう?」
大国の皇后といえ、クテナンテもまだ20歳。
恋愛話に興味津々のお年頃である。
「イフェイオン様のこと好きじゃないもん」
「そうなんか。イフェイオン様の片思いなんか」
「しかし、イフェイオン陛下は優良物件だと思いますわ」
「うちもそう思う。やから、付き合ったらいいと思う」
「うーん……でも悔しいじゃない」
「何がでしょう?」
「あの手この手で、私を落とそうとしてくるんだよ。落ちたら負けた気がするのよ」
そうなんか?
落ちたらラブラブになるんやから、飛び込んだらいいんちゃんって思うんやけどな。
「ふふふ」
「どうしたん?」
「いえ、この機会を逃す手はありませんのにと思いましたの」
アユカとホノカは、顔を見合わせてから首を傾げた。
「わざと落ちてさしあげるんですのよ。夢中になってくれる相手ほど御し易いのですから」
おお! なんて妖艶な笑み!
姉御と呼ばせてもらおう!
「好きすぎてしまいますと、緊張やら羞恥心やらで思うように動けませんし話せないものですわ。嫌悪感がなく、ほどほどの好きですと、きちんと考えて動くことができますのよ。心に余裕があるほうが平和な日常を送れますわ。嫉妬はさせるもので、するものではありませんしね」
勉強になります、姉御!
ってか、その理屈でいくと……うち、結構はじめからシャンのこと、好きすぎたってことになるんやけど!
エロ攻撃に撃沈してただけと思ってたって!
うわー! 恥ずかしっ! 恥ずかしすぎる!
「そう言われると、わざと落ちた方がいいって気がしてくる。嫉妬したくないし」
「ええ、同感ですわ。演技の嫉妬は可愛らしいですが、本物の嫉妬は醜いですからね」
「え? 演技の嫉妬ってなに?」
「分かりやすく拗ねてさしあげるんですよ。嫌だけど我慢するっていうふうに」
全く分からん。
もしや、漫画であった嫉妬は演技の嫉妬が大半やったってこと!?
みんな拗ねてるような感じで、相手側が勘づいて、んで、イチャラブしてたもん。
ほえー、あれは恋愛のテクニックやったんか。
「うーん……ちょっと考えてみる。2人見てたら彼氏欲しくなったし」
「付き合いだしたら教えてな」
「付き合ったらね」
クテナンテは微笑むだけだったが、彼女は「数日後には付き合ってますわね。ホノカ様はすでに落ちていらっしゃるもの」と思っていた。
恋愛に興味がある3人が集まれば恋愛話は尽きないもので、アユカとホノカの質問にクテナンテが答えるという質疑応答形式だったが、夕食の時間まで恋愛話を楽しんだ。
3人のとても楽しそうな雰囲気にメイドたちは目元を緩ませていた。
「明日、必ずお見送りに伺いますね」
「うん、ありがとう。それと、2人にコレを渡しときたいねん」
アユカは巾着から毒消しとポーションを取り出し、ホノカとクテナンテに渡している。
毒消しもポーションも3本ずつだ。
「まさか、これらは……」
「薬?」
「そっか。そういえば、ホノカには言ってへんかったな。うちな、治癒魔法ちゃうくって錬金術やねん」
「ええ!? そうなの!?」
「秘密な」
「誰にも言わないよ。けど、そっか。だから、薬なんだ」
ホノカは、数回頷いている。
「そういうこと。んで、2人に渡したこっちが毒消しで、こっちがポーション。クテナンテ様に分かりやすく言うと、治癒魔法みたいなもん。ペペロミア様に使ったものより1段階効果は低いものやけどな。それと内緒ばっかで申し訳ないんやけど、ポーションはうちしか作られへんから、これも秘密でお願い」
「こんな貴重な薬、よろしいのですか?」
「うちが2人に持っといてほしいねん。もしもの時は使って」
「アユカ……ありがとう!!」
「アユカ様、誠にありがとうございます」
ホノカはアユカに抱きつき、クテナンテは丁寧に頭を下げてきた。
「アユカ、すごく嬉しい! 私からも何か渡せたらいいんだけど、何もないの。あ! ポリティモ国には珍しい花がたくさんあるから贈るね」
「珍しい花、嬉しい!」
祭壇に飾れるやん! ハムちゃんも喜んでくれると思うねん。
「では、私からも珍しい花をお贈りさせてもらいますね」
「うん、ありがとう。待ってるな」
こうして長かったフォーンシヴィ帝国訪問は終わりを迎えた。
後日大量に送られてきた花は、祭壇だけではなくロッククリスタル宮殿中に飾られ、ルベウス城にもジェイダイト宮殿にも色を添えたのだった。




