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こんなことやってる場合ちゃう。
トイレー! 誰に言えばいい?
本来なら同じ女性のマツリカに言いたいが、極力関わりたくない。
誰に聞こうかと悩んでいる間に限界が近づいてきて、近くにいたフラックスに声をかけた。
「それならば、この紙の上で済ませることになります。匂いはせず、最後に紙を燃やせば、跡形もなく無くなります」
呪文や記号、数字が描かれている1枚の紙を見せながら説明された。
「分かった! ありがとう! 1枚もらうな」
ひったくるように紙をもらい、林の中へ駆けていく。
アユカには、悠長に話している時間はないのだ。
説明されている間も、右足を左足に引っかけて我慢していたのだから。
「聖女様! 誰か護衛を!!」
「大丈夫!」
ついてこられる方が恥ずかしいから。
用を足していると分からない場所まで走り、急いで済ませた。
体から力が抜け、その分を補うように歓喜が満ちていく。
「漏らさんでよかった。火つけたらいいんよな」
『メファ』と唱えて、火をつけた。
料理をするために薪に火をつけたりする用だろうが、火は火なので、使えることが本当にありがたかった。
『クレネス』を使った時も光った気がしたけど、気のせいちゃうかってんな。
魔法使ったら、ハムちゃんの印の鳥が薄く光るんやわ。
すでに光っていない手の甲を確かめてから、紙が無くなった地面に視線を落とす。
「これ、火魔法使われへん子、どうすんやろ。慣れるまで地獄ちゃう」
この世界の少女たちを不憫に思いながら、戻ろうと足を踏み出そうとした時、草むらがすれ動いた音がした。
警戒しながら目を凝らしていると、ゲームや漫画でお馴染みの水色や青色の生き物、スライムが跳ねるように草の中から現れた。
「スライムやん! マジで異世界やー! すごすぎる!」
感激して小さく拍手をするが、何かがおかしいと気づいた。
四方八方、色んなところから音がする。
え? 囲まれてない?
1匹なら感動もんやったけど、さすがにこれは気持ち悪いわ。
未知の生き物だが怖いと思う要素はなく、恐怖心など湧いてこない。
倒せばいいだけやと思うけど、どう倒せばいいんやろ?
殴ってみる? 踏んでみる?
踏む方が効果ありそうやな。
でもなぁ、害はなさそうやから倒すんもなぁ。
とりあえず、鑑定してみよ。
きっと魔物も何かしら表示されるやろ。
『アプザル』っと。
うわっ! 画面、めっちゃ出てきた!
スライムさんやい。こんな大勢で何しに来ましたの?
って、なるほどなぁ。
頭っぽい場所を射抜けば、溶けて蒸発するんやね。
後は、薬瓶作れるって書いてる。
そっか。ポーションとか作っても、入れ物ないとあかんもんな。
スライムに会えてラッキーやん。
ずっと使ってみたかった錬金術、使わせていただきます!
大袈裟に両手を前に突き出し、錬金術の呪文『ケルミーア』を唱える。
すると、スライムを囲うように、地面に魔法陣が浮かび上がった。
外円と内円の間に古代文字が連なり、内円の中はバコパ・コピアの花が描かれている。
外円から白い光が上空に伸び、ドームを形成する。
ハムスターから教えてもらった錬成を失敗させない方法は、錬成するモノの文字を正確に頭の中に思い浮かべること。
そして、必要量の魔力を込めること。
欲しいモノや作る量によって、必要な魔力量は違うとのことだった。
ドームにヒビが入り、砕け散ったら錬成終了になる。
想像するじゃなくてよかったと、本当に思う。
知らないモノは想像しにくいし、知っていてもあやふやな記憶もあるから。
砕け散ったドームの中には、薬瓶が3個あった。
続けて、何匹も同時にできるか試してみる。
成功し、今度は見える範囲にいるスライムに、一気に錬金術をかけられるかを試みる。
逃げるように跳ねているスライムには、空中に魔法陣が浮かび上がった。
ドームの中に閉じ込めてしまえば、逃げることはできなくなる。
これも、できた……
うち、めっちゃ優秀やん。
拍手しながら飛び跳ね、バンザイをして喜び、転がっている薬瓶をドヤ顔で見回した。
小さいことやろうけど、分かったこともあってよかった。
使う魔力量で、鳥の光り方が違うんやわ。
だんだんと光が強なったもん。
薬瓶を集めながら、スライムの大きさで錬成できる本数が違うことにも気づいた。
あれ?
倒すのもって思ったけど、結局倒したことになるんか。
ごめんやで。有効活用するから許してな。
薬瓶を集め終わり、しゃがんで少し痛くなった体をほぐす様に背伸びをする。
深呼吸して心が緩くなるのは、澄んだ自然のなせる技であろう。
折角やから素材集めながら帰ろう。
駆けてきた道のあらゆる物を鑑定しては、採取しながら野原に戻った。
「アユカ様!!」
「ん? キャラウェイ様、そんな慌ててどうしたん?」
瞳に涙を溜めて抱きついてきたキャラウェイの頭を撫でる。
「よかった……戻ってこられないから、何かあったのかと……」
「心配してくれてありがとう。大自然が珍しくて、のんびり歩いてしまってた。ごめんな」
「楽しかったみたいだからよかったけど、森は危険なんだ。1人で移動しないで」
「トイレだけは1人にして。次からはすぐに戻ってくるから」
「でも……」
「絶対、すぐ戻るから」
「……分かった。でも、お手洗い以外は1人にならないでね」
「約束する」
なんとか納得してくれたキャラウェイと手を繋いで、食事が用意されている机に向かった。
「本当に大丈夫だった?」と聞いてくるキャラウェイに「もちろん」と自信満々の面持ちを返すと、やっと可愛い笑顔を見せてくれた。
机に到着すると、すれ違い様にマツリカから「迷惑かけるんじゃないわよ」と言われた。
ごもっともと思い、心の中で謝っておいた。
机の周りには椅子が人数分用意されていて、机の横に置いてある網で焼いて食べるようだ。
別の机で切られた肉や野菜が次々に焼かれては、アユカたちの机に置かれていく。
隣に座っているキャラウェイもアユカ並みに食べているので、朝はやっぱり萎縮してたんだなと思った。