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アユカは、足でリズムを取りそうなほど、楽しそうに微笑んでいる。
「ほら、契約書に書かれてるっていう、うちのサインと見比べたらいいやん。すぐ終わることなんやから、さっさとみんなで確認しようや」
「アユカの言う通りだ。早く見せろ」
「い、いえ、一目見て違うと分かる筆跡ですので、皆様にお見せするまでもありませんでした。この度は、私の落ち度でございます。心よりお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした」
深く頭を下げるトックリランは、少し震えている。
「詫びなんていらねぇんだよ。それに、アユを陥れようとした奴の文字が、そこにあるんだろ。俺たちは見ておくべきだろ」
「そうだ。トックリラン、見せろ」
「し、しかしっ」
小娘を舐めるから、そんなことになるんよ。
うちは、またしてもハムちゃんに感謝やわ。
何が好きかなぁ。帰ったら、お供えせーなあかんわ。
痺れを切らしたキノアティスが立ち上がり、トックリランから羊皮紙を奪い取った。
羊皮紙を取られまいと丸まったトックリランは、キアノティスの力に簡単に負け、床に転がった。
羊皮紙を広げたキアノティスの顔が吊り上がり、雷が部屋の至るところに落ちる。
王様たち以外は誰もが恐れをなして動けないでいる中、アユカは用意されたお菓子に手を伸ばしていた。
「アユ、一体何だったんだ?」
「魔術道具やよ。小さい紙に書いた文字が、契約書とかにいう紙に浮かび上がるみたい。すごいよな」
「そういう紙があるのか。気をつけないと悪用されかねないな」
「ホンマに。シャンとかのサインを多用されたら大変なことになるわ」
アユカがお菓子を堪能している間に、トックリランは血みどろになっていた。
キアノティスが、瀕死のトックリランのお腹を踏みつけ睨みつけている。
「トックリラン、情けをやろう。お前の後ろにいる人物を吐け」
「ぁ……な、んの……っ……ことで、しょうか……」
「バレていないと思ったか? お前が裏で手を引いて、クテナンテに毒を盛ったこと、ペペロミアを殺そうとしたこと、使用人を奴隷として売っていること、他にもたくさん暴いてんだよ。でも、全てがお前らしくないんだよ。誰の入れ知恵だ? 答えろ」
「わか……りっか……ね、ます……」
「そうか。じゃあ、お前が答えたくなるように、お前の目の前で大事な娘を痛ぶらないとな。いい声で鳴いてくれるだろうよ」
悪役ちゃうけど、悪役のように見えるわ。
目も口も三日月のようになってて、子供が見たら泣いて漏らすで。
だから、ホノカたちの怯え方が尋常ちゃうって気づこうな。
早くいつものキアノティス様に戻らな、うち以外の聖女とは話せんくなるよ。
「ま、まっ……て、くだ、さぃっ……こたぇ……ます……」
「早く答えろ」
「と、とぅょう……から、の……しょぅ、にん……な、は……っグハ!!!」
うわっ! ホラーすぎるー!
血吐いて死んだやん。
その後に泡噴いてたしー。
さすがに、うちも視界に入れたくないわ。
俯いて何も見ないようにしたアユカの思考に、何かが引っかかる。
って、あれ? こんな話、どっかで聞いたような……
え? ここって、もしかして本の中とか?
美形揃いやから、乙女ゲーム?
いやいや、それやったらハムちゃんが教えてくれてるはず。
きっと気のせいやわ。
トックリランの死体を見て難しい顔をしたのは、キアノティスだけではない。
シャンツァイも、グレコマやエルダーも何か考えるような顔をしている。
キアノティスが怒りを鎮めて、部屋の惨状に気づき、会議はなくなった。
震えて泣いているモエカを近衛騎士が支え、同じような状態のホノカはイフェイオンがお姫様抱っこをし、気絶したユウカを護衛騎士がおんぶをして運んでいた。
「アユ、運んでやろうか?」
「気分はよくないけど、歩けるよ」
「イフェイオンと同じことしてやろうと思ったのに」
「え!? うち、ちょっとフラつくかも」
1度立ち上がり、おでこに右手の甲をあて、フラつきながら机に左手をついた。
周りからの白い目なんて耐えてみせる。
うちかって、お姫様抱っこされてみたいねん。
1回目の時は、眠ってたから記憶ないんやもん。
シャンの筋肉を満喫したいやん。
小刻みに肩を揺らして笑うシャンツァイが立ち上がり、軽々とアユカをお姫様抱っこした。
正真正銘、初めてのお姫様抱っこだ。
2回目と思っているのはアユカだけだ。
たっか! 目線たっか!
シャンツァイの首に腕を回し、右側から伝わってくる温もりに安心感が募ってく。
今日の会議にビビっていたわけじゃないし、不安や恐れがあったわけじゃない。
でも、どこかで気持ちを強張らせていたんだと気づいた。
それに、ここまでの惨事になるなんて思っていなかった。
1週間は夢見は悪いなと、乗り物酔いのような気分が胸を漂っている。
そんな気持ちを払いたくて、目を閉じてシャンツァイの温もり以外考えないようにした。
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