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瘴気が漂っている場所まで移動し、意気込んだホノカが挑戦した。
ポリティモ国の騎士が風魔法を起こしたが、ホノカの歌が綺麗に響くどころが濁って聞こえた。
1曲歌い終わったホノカは肩で息をしながら、ほとんど消えなかった瘴気を辛そうに見ている。
「なぁ、グレコマ」
「言わなくても分かってる」
「あれは騎士失格っす」
やんな。ホノカの邪魔しかしてへんやん。
グレコマは、1回目から穏やかな風だけを起こしてくれた。
アキレアもやけど、他の騎士やったとしても、みんな音を遠くまでって感じで風を吹かせてくれてる。
やのに、なんなん。あの騎士は。
絶対にホノカの邪魔をわざとしたんやわ。
イフェイオン様にチクッちゃんねん。
グレコマが、ポリティモ国の騎士の肩を強めに叩いて、ホノカの横から退かしている。
怒ったように離れていく騎士に呆れていると、グレコマの「俺とやってみよう」という優しい声色が聞こえてきた。
唇を噛み締めながらも大きく頷いているホノカは、踏ん張りすぎてて心配になるほどだった。
グレコマの風魔法で行われた浄化作業では、ホノカの歌はハープの音色を聞いているみたいに繊細で綺麗で、心を落ち着かせてくれた。
心までも潤してくれるような歌声は、アユカの浄化の時と同じで、瘴気が段々と薄くなり、光が差し込んでいるような景色に変わっていく。
1点違うのは、アユカの場合は生気が溢れているように見えるのに対し、ホノカの場合は雨上がりの澄んだ景色のように見えることだ。
どちらも目を奪われる景色だが、印象が全く異なる風景だ。
歌が終わると、拍手喝采になった。
さっき怒ったように離れていった騎士以外は拍手をしている。
目を開けて景色を見たホノカは、勢いよくアユカに抱きついてきた。
泣いているホノカを抱き留め、アユカからも抱きしめ返す。
「やったー! アユカ、ありがとう!」
「うちにお礼? ホノカの力やのに」
「アユカが教えてくれたからだよ。こんなに綺麗に消せたことないもん。本当に嬉しい。ありがとう」
「役に立てたんならよかったわ」
喜びを分かち合っていると、チコリがハンカチを差し出してきた。
泣いたことが面映ゆいようで、顔を赤くしたホノカが遠慮気味にハンカチを受け取っている。
そして、少し落ち着いたようでグレコマにお礼を伝えていた。
グレコマは「風魔法を使える奴はたくさんいるから、相性がいい奴は絶対いるぞ」と、ホノカを力づけていた。
涙を止めることができないホノカを見ながらアユカは、「その人、めっちゃ可愛い奥さんおるから好きになったらあかんで」と、どうでもいいことを考えていたのだった。
本来なら今日も2ヶ所消す予定だったが、訓練をしたせいで時間が押している。
どうしようかと悩んでいると、鳥が鳴くような「ピピピ。ピピピ」という音が聞こえてきた。
アユカは自分から鳴っているような気がするが、どこから鳴っているのか分からず全身を隈なく確かめている。
「何をしてるっすか」
「うち、爆弾仕掛けられたんかも」
「馬鹿言ってないで、さっさと出ろ。きっとシャンツァイ様だ」
「シャン? なにが?」
「通信石っすよ」
あ! そうそう! 出発時にもらったんやった!
あれ、こんな音鳴るんや。知らなんだ。
巾着から取り出すが、繋げ方が分からない。
通信石とグレコマとエルダーを交互に見ると、グレコマが「ほんの少し魔力を流すんだ」と教えてくれた。
少しの魔力操作ならドコンの実で練習したからな。
お手の者よ。
意気揚々と微量の魔力を流し「もしもーし」と声を出すと、通信石からシャンツァイの笑い声が聞こえてきた。
「アユの声を、こうやって聞くのもいいな」
分かる! 言いたいことは分かるよ!
うちもそう思ったし。
でも、これ周りに聞こえてるねん。
「でも、声だけよりも顔を見て話したいから早く帰ってこい」
うおー! やめてー!
恥ずかしくて通信石落としそうになるー。
「わ、分かった。今から帰るな」
「ああ、待ってる。それと、グレコマ」
「はい」
「絶対に離れるな」
「かしこまりました」
「ピッ」と音が鳴った後は、もうシャンツァイの声は聞こえなくなった。
「切る時は、どっちかがまた少量の魔力を流せば切れるぞ」
「うん、分かった」
グレコマに通信石を軽く叩かれたので、巾着に片付けた。
「エルダー、俺も馬車に乗る。獣馬を引っ張れるな?」
「手伝ってもらうっす」
騎士たちが、グレコマに向かって頷いている。
行きとは違い、みんなの顔つきがどこか真剣に見えた。
「なぁ、グレコマ」
「早く戻るぞ。シャンツァイ様を待たせられない」
「うん、そうやね」
何かが起こったらしいことなんて丸わかりだ。
でも、何が起こったのかなんて考えても想像すらできない。
「分からんこと考えるだけ無駄やったわ」と頭を切り替え、帰りの馬車の中で「明日はどうしよっか」とホノカと話に花を咲かせた。
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