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次の日は、前日にシャンツァイから聞いていた通り、ホノカとポリティモ国の騎士たちと一緒に森へ遊びにいった。
足取りが軽いアユカと怯えながら進むホノカは対照的で、「足して2で割れば、ちょうどいいっすのにね」とエルダーが言って、グレコマが頷いていた。
森の奥に進むと小さな湖があり、湖の畔で休憩することになった。
アユカは湖を覗き込んで、ホノカを手招きしている。
七色の小魚が泳いでいて、とても綺麗だったのだ。
「うち、初めて見た」
「私も。これなら喜べるのに」
「そんなに魔物怖い?」
「怖いよ。どうしてどれも大きいの」
「大きくないのは?」
「力は強いだろうから、少し怖いかな」
「ふーん。やったらさ、防御覚えたらいいんちゃう?」
「え? 私にできるの?」
「だってやで、あれって属性関係なくみんな使えてるやん。やったら、うちらでもできるで」
「みんな使えてるの?」
「うん。獣馬に乗るのに防御ないと乗れんもん。魔法や矢も弾くらしいで」
「そうなの!? 誰かもっと早く教えてよー」
アユカは周りを見渡して、お茶の準備をしてくれているチコリに熱い視線を送った。
気づいたチコリは、嬉しそうにすぐさま来てくれる。
「何かご用でしょうか?」
「チコリは防御ってできるん?」
「できますよ」
「んじゃ、獣馬にも乗れるん?」
「いいえ。獣馬は気難しい生き物でして、獣馬に認められないと1人では乗れないのです。それに、獣馬に乗りながらの防御はとても難しいと聞いております。ですので、騎士になるには獣馬に認められ、空を駆けられることが条件になります」
「そうなんや。強いとかちゃうんやね」
「力は騎士になってから強められますからね」
そうかー。ちょこっとだけ、うち1人で獣馬に乗れたらカッコいいやんて思ってんけどなぁ。乗れんのかぁ。
いや、まだ分からん! まずはホノカのついでに防御を会得しよ!
「なぁ、チコリ。うちとホノカに防御を教えてほしいねん。もしもの時、自分でも身を守れたらと思って」
「素晴らしい考えだと思います。身を守る魔法ならシャンツァイ様の許可がなくてもよろしいでしょうし、エルダーがいつミスをするか分かりませんからね」
「ひどいっすー」「あり得ることだろ」というエルダーとグレコマのお決まりのやり取りは、風物詩化している。
アユカがチコリを選んだ理由は、怖がりのホノカには男性より女性の方がいいと思ったのと、チコリが1番丁寧に教えてくれると思ったからだ。
でも、瞳に憐れみを含ませながら少し距離を取っているグレコマたちの様子に、嫌な予感が漂ってきた。
あれ? もしや、チコリを選ぶんはあかんかったんかも……
ホノカ、ごめんやで。
とりあえず心の中で謝ってみたが、それで済ませられるほどのスパルタではなかった。
元の世界ならば、高級鉄板焼きか、一見さんお断りのお寿司を奢って許しを請うほどの特訓だった。
瞳に炎が見えるというのは、熱血チコリを指す言葉なのだろう。
持っていなかったが、竹刀が手に握られているような錯覚まで生じたくらいだ。
グレコマたちはアユカとホノカに声援を送ってくれていたが、ポリティモ国の騎士たちは微かに震えていたのだから。
とはいえ、2時間ほどで無事にアユカもホノカも自分を囲う防御壁を作れるようになり、手を取り合って喜んだ。
やっと、鬼教官から卒業できると、お互いの頑張りを褒め称えあったのだ。
「頑張りすぎたわ」
「ねー。でも、できるようになって嬉しい! チコリさん、ありがとう」
「チコリ、うちもありがとう」
「お礼なんて必要ありません。アユカさまたちの身を守るお手伝いができましたこと、光栄でございます」
柔らかく微笑み、小さく頭を下げるチコリは、上品なメイドにしか見えない。
鬼教官の姿は、夢か幻なのかもしれない。
このモードのチコリに教えてもらいたかったわ。
今度からは、アキレアがいる時に聞こう。
きっとアキレアなら優しく教えてくれるはずや。
アユカが自分の考えを肯定するように、腕を組んで無言で2回頷いている。
考えにトリップするアユカに慣れているグレコマたちだ。
思考が終わっただろう時が、大体分かるようになってきている。
「アユカ様、瘴気消しにも行くんだろ。そろそろ移動しないと行けなくなるぞ」
「行く行く。教えてくれてありがとう」
グレコマが騎士たちに「出発するぞー」と声をかけ、チコリが慌てて準備途中だった茶器等を片付けている姿を眺めていると、ホノカが話しかけてきた。
「瘴気を消すの私にやらせてほしいの」
「いいけど、疲れてないん?」
「すっごい疲れてる。でも、アユカに教えてもらった風魔法との融合で、どこまで消せるか分かっときたいんだよね」
「あの時も思ったけど、地声だけで頑張ってたってことやんな?」
「うん、そう。私もだけど誰かが気づいてもよかったよね」
うちは、グレコマが提案してくれてラッキーやったってことか。
あれ? 確かユウカは消されへんのやったっけ。
それって、声が届いてへんだけちゃうの?
あー、俯いてる姿しか思い出されへんから、きっと声も小さいんやろな。たぶん……




