105
怒りを抑えきれていないキアノティスの声が聞こえてくる。
「あれを用意したのは誰だ?」
「わた、わたしです」
額に青筋を立てながら怒って席を立つキアノティスを、クテナンテはキアノティスの服を掴んで止めようとしている。
「でも、用意したんは中の水ってことやろ?」
「は、はい」
「この水差しは?」
「こ、皇后様の水差しになります」
半分泣いている状態で、怯えながらもしっかりと答えてくれる。
こういうところは、さすが皇后付きメイドといったところだろうか。
「もしかして、プレゼントとか?」
「いいえ。そちらは、行商人から冷水にも温水にもなると勧められて購入しましたの」
今回はモエカちゃうんか。
好きちゃうけど、やっぱり仲間意識みたいなもんあるんかな。
ちょっと安心したわ。
「いつ買ったん?」
「お腹が少し出てきた頃でしたので、8ヶ月、9ヶ月くらい前ですわ」
「うちらが、ちょうど召喚されたくらいやね」
「そうなりますね。体調を本格的に崩す前にモエカ様にお会いしており、自分への買い物はお会いする前が最後でしたから」
「うーん、考えたくない。考えたくないけど、そういうことなんか」と呟くアユカに、誰もがアユカの言葉を理解できないでいる。
「とりあえず、見てもらった方が早いよな」
アユカは、後ろに控えていたグレコマに顔を向けた。
「風魔法で、水差しをこの向きで綺麗に切ってほしいねん」
「この向き?」
「この向きは、この向きやん」
アユカが手のひらを斜めにし、グレコマは真似をしている。
手のひらを斜めにするときに、体も斜めになってしまうのは仕方がないことだ。
そして、その姿が奇妙に見えることも仕方がないことなのだ。
「アユ、水差しに触って教えてやれ」
「そうやね」
立ち上がったアユカはカートまで早足で近づき、水差しの口元にチョップする形で手を置いた。
「この向き」
「分かった。離れろ」
アユカが2歩ほど下がり、グレコマが親指で人差し指を弾くと、水差しが2個に分かれた。
綺麗な切り口を隠すように中の水が溢れ、アユカは酸っぱい物を食べた時のように顔を萎めている。
「ごめん! 先に水を捨てればよかったわ」
「いい、気にするな。そんなことよりも、これ……」
「すごいよな。この水差し自体が魔石でできてるって。魔石でこんなことできるんやね」
近くで見ようと来ていたキアノティスたちに、水差しの断片を指しながら伝えた。
そして、その指を水差しの球体になっている部分の内側に持っていく。
「……魔法陣か」
「うん。こっちが毒の魔法陣で、こっちが悪意を集める魔法陣やわ」
「外に出せない代物だな。悪用されかねない」
伝えたくないなぁ。
仮説やしなぁ。
でも、たぶんそうなんよなぁ。
「めっちゃ辛いこと言うんやけど」
「何でも言ってくれ。何が糸口になるか分からないからな」
力強く見てくるキアノティスに、アユカはしっかりと見つめ返した。
「これ微量に毒と悪意を摂取していくみたいやねん。やから、段々と体に溜まっていって、そのうちっていう仕組み。どこから毒摂取したか分からんようにしてるやと思う」
「犯人を特定させないためか」
「たぶん。で、本来ならクテナンテ様は死んでたと思う。妊娠してなかったらやけど」
「それは……まさか……」
「犯人としては、妊娠中に親子諸共って思ってたんやと思うよ。でも、ペペロミア様が母親を守るために、自分の体に吸収してたんやと思う。で、踏ん張って生まれてきたんやろうね。やから、ホンマに瘴気関係あらへんよ。あの姿は、母親を守る立派な男の子の証やってんよ」
泣き崩れたクテナンテを、大粒の涙を流しているキアノティスが抱きとめた。
「さすがは俺の子だ。生んでくれてありがとう、クテナンテ」
「はい。あの子を生むことができ、この上ない幸せでございます」
あー、あかん。今日、何回も我慢してんねん。
泣いたら化粧崩れるやん。化粧してへんけど。
そう思って止めな、うちまで号泣してまうわ。
「キアノティス。気持ちは分からなくもないが、泣くのは後にしろ。やらなきゃいけないことが多いだろう」
「そうだな、ああ、そうだ。商人のリストは残っているはずだ。調べよう」
「ついでに、トックリランを調べてみろ」
「何かあるのか?」
「今回のことと関係ないかもしれないが出てくると思うぞ」
「分かった」
「それと、アユが宮の中が安全か調べてくれる」
え? そうなん?
別にいいけど、初耳やから驚いてもたやん。
「お礼に、この2個の魔法陣を写させてくれ。調べたいことがある」
「いいだろう。もし有益なことが分かったら教えてくれ」
「売ってやる」
顔を見合わせた後、シャンツァイは鼻で笑い、キアノティスは声を出して笑っている。
「友情やなぁ」と思っていたら、シャンツァイにまた頬を引っ張られた。
アユカが宮の中を練り歩き、全部を鑑定した結果、水差し以外に怪しい物はなかったが偵察員や背信者がいた。
どう伝えるべきか分からず、「ちょっと気になるかも」という風にだけ伝えておいた。
いいねやブックマーク登録、誤字報告、ありがとうございます。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。




