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「アユカ、お礼を言う場にそぐわない質問だと分かっているが、聞いていいか」
「なに?」
「ペペロミアに纏わりついていたという悪意だが、どこからとか分からないか?」
「ごめん。分からんわ」
「いや、いいんだ。謝らないでくれ。それと、これは無理を承知でお願いをする。どうやってペペロミアを治したか教えてほしい。治癒の魔法を見てきたが、モエカには無理なことだ。アユカには特別な力があるのか?」
悩むようにシャンツァイを見ると、「好きにしろ」と微笑まれた。
両腕を組んで数秒空中を見つめたアユカは、悩んだフリをしただけだ。
その方が打ち明ける感があるからだ。
アユカは、別に人前で錬成をしないと、シャンツァイと約束していたわけではない。
各国の諜報員から見張られていると聞いてから、何となく人前で錬成をしない方がいいんじゃないかと思ったから、側近以外の人前でしなくなっただけだ。
それに、ポーションは隠すように使っているし、用いる時はシャンツァイの許可がいる。
治癒魔法は聖女が治すその場にいなくてはいけないが、ポーションは聖女じゃなくても使えるのだ。
しかも魔力関係なく、ポーションは在庫があるだけ治せる。
多くの人を治せるポーションは、利用価値が大きすぎるのだ。
だから、錬成は秘密ではないが、ポーションは秘密の代物になっている。
そのことを理解しているから、ポーションに繋がる錬成も自ずと人前ではしなくなったのだ。
でも、きっとキアノティスは、すでに導き出しているだろう。
だって、諜報員から聞けば分かることだからだ。
外では錬成をしないようにしているが、それは目視で人がいる場合のみ。
それに、アユカが治癒魔法を使っている場面なんて1度も見たことがないはずなのだから。
「うち、治癒魔法使われへんねん」
やっぱり予想できていたのだろう。
キアノティスは、小さく頷いている。
「代わりに色んな薬を作れるんよ」
「今回も、その薬だというのか?」
「そうやよ。最上級の薬やよ。聖女が使える治癒魔法より、現時点では上の治癒やね」
「どういうことだ?」
シャンツァイに聞かれたので、顔を横に向ける。
「うち、自分のことだけ分からんから、ホノカに会うまで知らんかったんやけど聖女も力が上がるんよ。やから、シャンたちと一緒で、魔力も使える魔法も増えるんかなと思って」
「ホノカの力が上がってるっていうことか」
「うん、間違いなく上がってたよ。でもな、モエカとユウカは上がってなかった。3人の差が何なんかは分からんけどな」
「モエカはな……まぁな」
意味深な言葉だと分かったが、突っ込んで聞かないようにした。
アユカにどうにかできる問題じゃない。
シャンツァイも聞こえなかったような態度だ。
キアノティスは、考えているような素振りでシャンツァイを見た。
「シャンツァイ、他にも公にしていない薬があるのか?」
「逆に無いと思っているのか?」
「いいや。あると思っている」
シャンツァイは鼻で笑っているが、決してキアノティスから視線を逸らさない。
会話の流れからも「ある」と言っているのと同じだ。
「これはすぐにバレるだろうから言うが、難病を治す薬ができた」
「おまっ! それ!」
「それに、キアノティス。シリールルというピンクの実を知っているか?」
「いいや、初めて聞いたな」
シャンツァイは、道中あった出来事を話した。
キアノティスとクテナンテは、考え込むように視線を落としている。
こういうところは、さすが両陛下だなと感じた。
国として、どうするべきか考えているのだろう。
「恐ろしいな。我が国でも注意するよう伝えよう」
「そうしろ。薬をすぐに売れるかどうかは分からないからな」
「なんで?」
「風邪薬とかもだが、国内でさえ行き届いていない。王都以外でも販売してほしいという声が多いんだよ。行商に持たせているが、すぐに無くなるそうだ」
「そうだよな。効き目いいもんな」
肩を落とすキアノティスが、背もたれに体を預けた。
「風邪に治癒魔法を使うわけにはいかないだろうが、こつこつ治せば薬なんて必要ないだろう。というか、先に瘴気を浄化させるべきだろ。異常気象は瘴気のせいなんだろう?」
「そういう見方の声が多いってだけだ。何でもかんでも瘴気のせいにしたいんだよ。耳障りだから早く瘴気を消してほしいんだけどな。
けどよ、俺と一緒じゃないと行けないって泣くんだよ。怖いとかなんとか。そんなに頻繁に城を空けられるわけないだろ。
ああ、でも、アユカとホノカのおかげでクテナンテとペペロミアの心配はなくなったからな。皇后の仕事をクテナンテに戻すとして……時間を作れるか……でも、騎士団でも手こずる魔物を倒しに行きたい……時間……」
キアノティスのため息と同時に、ペペロミアの泣き声が聞こえてきた。
泣き声だが、元気な声に暗くなったキアノティスの表情が明るくなる。
「どうしたのかしら」
どこか困ったような、それでいて楽しそうなクテナンテが、ベビーベッドからペペロミアを抱き上げた。
「お腹が空いたみたいね」とメイドと微笑み合い、自席に戻ってくる。
メイドが、横で作った飲み物を哺乳瓶に入れて持ってきた。
ん?
「なぁ、それってミルク?」
「俺らの種族は、生まれた時から穀物を溶かした物を飲むんだよ。力がつくようにってな」
「だから、灰色なんや」
「「え?」」
「え? うっすーい灰色やんな」
みんなの反応に目を擦ってみるが、ぼんやりとした灰色の液体にしか見えない。
「いやいや、まさか」と思いながら、鑑定して天を仰いだ。
シャンツァイの息を短く吐き出した音が聞こえる。
「キアノティス。残念なお知らせだ」
「まさか……」
「毒なんだろう」
まさかやったわ。
「うん、毒もあるけど悪意もある」
哺乳瓶を持ってきたメイドをキアノティスが睨むが、彼女は朝アユカに頭を下げにきたメイドだ。
そんな彼女が毒を盛るなんて、どう考えてもおかしい。
メイドは、必死に顔を横に振っている。
アユカは周りを見渡し、視線を止めた。
「あの水差しやわ」
カートに乗っている水差しを指した。
確かにメイドは、黄色の線で綺麗に模様が描かれている白色の水差しの水と、さらさらとした粉を混ぜ合わせていた。




