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朝食が終わると、各自自国へ帰るそうだ。
準備は終わっているそうで、まったりと食後のお茶を飲んだ後に、エントランスへ移動した。
結局、他の聖女と話されへんかったな。
何話していいかも分からんかったしなぁ。
キアノティス様が好きな物とか色々聞いてたけど、盛り上がってなかったし。
まぁ、もう会わへんかもやし、いいか。
最終の確認が終わったと声をかけられ、外に出たアユカは感嘆の声を上げた。
「かっこいー!」
真っ黒な大きな馬は、知っている馬の倍くらい大きく、毛並みはきらめいている。
馬の大きさに合わせてなのか、キャリッジも何十人乗れるんだろうと思うほど大きい。
「こいつらは獣馬って言うっす。すっごい速いんすよ」
ウルティーリ国の騎士、召喚の部屋でアユカに投げられたエルダーが、横に来て教えてくれた。
「そうなんや。早く乗ってみたいわ」
キャリッジに繋がれていない獣馬は4頭いる。
エルダーは、そのうちの1頭の手綱を持っている。
「もしかして、エルダーたちは馬車に乗らへんの?」
「俺らは護衛が仕事っすからね。馬車を守らないとっす」
「うちもそっちがいい」
「ダメっすよ。アユカに怪我させたら、キアノティス陛下に殺されるっす」
「ないない」
「あるっすあるっす」
「ないって」
「あるんすよ」
「2人で、何言い合ってるんだ?」
陽気な雰囲気で緑色のドレッドヘアの青年が、エルダーの肩に腕を回して、話に割り込んできた。
「グレコマ副隊長、聞いてくださいっすよ。アユカが馬車じゃなく獣馬に乗りたいって言うんすよ」
「アユカ様、それはダメだ。風圧で潰れるからな」
「そうなん?」
「ああ、俺たちの国の人間でさえ、乗れない人間がいるんだから。アユカ様は絶対に風圧に負ける」
「そうなんかぁ。乗ってみたかったのに」
「そう落ち込まなくても。国に帰ったら、歩いている獣馬になら乗せてやるよ」
「ホンマに? 約束やで」
「ああ」
「やった。グレコマ様、優しい」
「俺のことは呼び捨てでいいぞ」
「副隊長やのに?」
「副隊長でもだ」
「ふーん、分かった」
朗らかに微笑んだグレコマが、アユカの背中を軽く叩こうとした手を引っ込めた。
「アユカ」
「キアノティス様」
イフェイオンたちやアンゲロニアたちを見送っていたキアノティスが、いつの間にか近くに来ていた。
グレコマとエルダーが数歩下がっている。
「何か困ったことあれば、連絡してきていいからな」
「分かってる」
「無理するなよ」
「大丈夫やって」
「それと、これは食いしん坊なお前にだ」
大きな箱を持った執事が横にやってきて、「失礼いたします」と巾着の中に入れてくれた。
「中には、スイーツを詰め合わせておいた。食料は多く積んでいるだろうが、スイーツはないだろうからな。それに、お前はたくさん食べるだろ」
「嬉しい! ありがと!」
「ウルティーリ国まで獣馬でも10日はかかる。気をつけろ」
「ありがと。でも、みんなが守ってくれるから大丈夫やって」
「そうだな」
目元を緩ませたキアノティスに頭を撫でられ、軽く抱き寄せられる。
ぎゃー! ヤバイヤバイヤバイ!
あったかいし、自分との大きさの差感じるし、何より筋肉が!
どどどうすれば!
男の人に抱きしめられるとか、初めてなんやけどー!
動揺して動けずに棒立ちしていると、囁くように話しかけられた。
「アユカ、いいか。巾着の中には、俺に連絡が取れる魔石を入れてある。身の危険を感じたら必ず連絡してこい。ウルティーリ国を信用するな」
「え?」
背中を柔らかく叩いてから離れていくキアノティスを見るが、何も読み取れない笑顔をしている。
鑑定した時、マツリカだけがバツで、騎士たちは丸、キャラウェイ様は二重丸やった。
やのに、信用するなってなに?
でも、キアノティス様が意味なく言うてくるわけないやろうから、誰彼構わず鑑定しよう。
マツリカみたいにバツの人物には、近づかんようにしよう。