カレーライス追放裁判 ~ジャガイモ貴様を追放する!!~
カレーライス追放裁判───
カレーライスに不要な具材は誰なのか…。
それを決める為、今回初めて裁判が執り行われる運びとなった。
実況兼、判定、進行役として招集されたのは僕…福神漬けと、お米さんだ。
僕が会場に到着した時、既にお米さんは実況席に座ってダラけていた。
「お米さん、今日はよろしくお願いします」
「あ?…もう帰っていいか?」
「ダメですよ、僕を一人にしないで下さい…」
会場の空気はピリピリしていた。
多数のギャラリーに囲まれた中央の席に、今回の参加者が集まっている。
裁判の参加者は…王道を征く、ビーフ・タマネギ・ニンジン・ジャガイモ。
いわゆる定番食材だ。
その誰もが圧倒的パワーと潜在能力を有している。
そして会場にはギャラリーが集まり、裁判の時間はついに訪れ、火蓋が切って落とされた。
「ジャガイモ、貴様が追放候補…筆頭だ!」
話の先陣を切ったのはビーフだった。
今回、追放裁判をすることを発案した食材で、長身巨乳…白黒の牛柄模様のビキニが目立つ。
いよいよ始まったと、食材一同に緊張が走った。
「おいがか?なんでじゃ!?」
坊主頭のジャガイモが自身を指差し、訊ねる。
「決まっているだろう、貴様が一番足を引っ張っているからだ!証拠だってあるぞ?これを見るがいい!」
ビーフがパチンと指を鳴らす。
「農林水産省情報!!」
その言葉と共にスクリーンのようなものが開き、そこに食材情報が映し出される。
──天然毒素ソラニン、チャコニン
会議に集まった面々が、それに釘付けになる。
…というか何そのステータスオープンって?
「お米さん!これは一体!?」
「俺にも分からんわ、何でビーフなのに乳牛の柄なんだよ?」
「いや、そっちのことじゃないです!」
何だこの穀物は…。
会議は続き、ジャガイモは狼狽えている。
「そ、そりゃあ事実だけどよぉ?保存法や芽に気を付けりゃあリスクは抑えられるんじゃが!」
「フン!このステータスが事実という事は認めるんだな?やはり我らの中で最も不要なのはジャガイモということだ」
ビーフはしてやったりみたいな表情を浮かべ、ギャラリーに向かって大仰に言ってみせる。
「フッ…ククク…それはどうかな?」
それに対し、不敵な笑みを浮かべているのは…タマネギだ。
幾重にも重なったローブを身に纏っていて、威厳を感じさせる声だが、見た目は10才前後にしか見えない。
「そんな情報、小学生でも知っている…これだからビーフのような筋肉は困るな」
「ほう?喧嘩を売るつもりか?…どうやら炒めつけて欲しいらしいな?」
指をポキポキと鳴らし、ビーフがタマネギに凄みを効かせる。
「暴力は禁止ですよ!!お米さんも何か言ってやって下さいよ!」
進行役として来た以上、暴力沙汰になるのは避けたい。
「本当ムカつくなぁ…ジャンボタニシ絶滅しねぇかな…」
「いや、何言ってんすか…何言ってんすか???」
この穀物も頭おかしい…招集された時に出席を拒否ればよかったと福神漬けは後悔し始めた。
しかしそんな実況席を無視し、裁判参加者は火花を散らしている。
「フッ…炒められるのには慣れているものでな?そんな脅しは通用しないさ。しかしまぁ…ここは議論の場だ、弁えてくれると助かるのだが」
「…いいだろう、まずは貴様の言い分を聞いてやろうじゃないか」
「確かに肉はカレーの主役と言えるだろう、そこは認めよう」
タマネギが先ず前置きすると、満足そうな笑みをビーフが浮かべた。
「フゥン?分かってるじゃないか」
「しかし、昨今は健康志向という流れが来ている…そう、つまり肉を使わないカレー…肉なしカレー。お前も聞いたことくらいはあるだろう?」
ピクリとビーフが反応し、冷や汗を流す。
「フ…フン、だからどうした?肉の入ってないカレーなど未だにマイナーも良いところだ…健康志向か何か知らないが、恐れるに足りないな!」
「恐れるに足りない?フフ…肉なしカレーの存在は、貴女が必ずしも必要とされている存在ではないことの証左でもあるのだよ」
「くっ…」
ビーフに焦りが見える。
さらにタマネギの発言に乗っかり、赤髪のバニーガールが畳み掛けてきた。
胸は平たく、今にも乳首が見えそうな衣装に身を包んだ食材…ニンジンである。
「だねだね~?それに代用はいるから~?、そうポークとかチキンとか優秀な食材もいるしぃ~?」
「流石カレーの紅一点!これは鋭い指摘だと思います!どうですか?お米さん!?」
ニンジンはドル売りをしている食材で、栄養価も豊富。
スイーツにも大活躍と、あらゆる分野で活躍しているアイドル野菜だ。
余談だが、福神漬けも彼女のファンである。
「おう?お前、紅一点の意味ちゃんと調べてこいよ」
「えぇ…?急にマトモな反応しないでください!…っていうか僕の推しってだけですから、細かいことはいいんですよ!」
真面目にやるつもりのないお米にだけは突っ込まれたくなかった。
「はぁ?あいつ男だぞ?」
「え…?マジですか?」
「おぅ、マジ」
急に告げられた真実に、福神漬けは頭を抱えた…。
普通にショックだった。
福神漬けのショックを他所に、議論は止まることはなく未だ続いている。
「さぁどうするビーフ?我らは野菜チームとして一致団結し、貴女を追い出すことも…やぶさかではないが?」
タマネギはドヤ顔で勝ち誇っている。
「え~!でもでも?仲間みたいな顔されても~?タマネギくんはしょせん葉っぱじゃないですか~?」
タマネギのドヤ顔に冷や水を浴びせる一言をニンジンが言いはなった。
その言葉に、タマネギが少し不機嫌な声になる。
「…聞き捨てならないな?同じ健康野菜同士だと解釈していたのだが?」
「そういう所がいちいち薄っぺらいんですよ~?というか野菜の代表面やめてくれませんか~?」
「…なにっ?」
「そもそもタマネギくんとは格が違うんですよぉ?大地から~直接エネルギーを受け取ってる根菜が~野菜の代表にはふさわしいと思いますよ~?健康食品のパッケージだってぇ?フルーツと一緒に映えるのってだいたい私だしぃ~?」
艶かしいポーズを取りつつ、ニンジンさんが言い放つ。
「何より加工するとき泣かせてくるじゃないですか~?サイテーだと思いま~すっ!」
セクシーだ、でもニンジンさん男なんだよな…。
「貴様ッ…血液さらさら効果、食欲増進、疲労回復等、私が様々な効能を持つことを忘れてはいまいな?」
そのタマネギの言葉に対し、ビーフが一石を投じる。
「あ~?思うんだが、健康うんぬんでカレーをチョイスする奴いなくねぇ?」
この一言には福神漬けも納得してしまう。
「あ~、言われてみたらそうですね!どうですかお米さん!?」
あの穀物にはあまり話を振りたくないが、同じ進行役として聞いてみる。
『あ~そういう話?マジで?オッケー!…分かったわ。それっぽいこと言って感動させとく。んじゃあまた~』
──ピッ!
お米さんはどこかに電話してやがったようで、ようやくこちらに気が付くと「ん?何かあった?」と、悪びれもせず聞いてくる。
「いえ、もういいです…」
追放裁判は未だに先が見えないが、ここでまた…タマネギが動いてきた。
「フッ…確かにビーフの言うことも一理あるな?カレーで健康うんぬんは無理があった、ここに訂正と謝罪をしよう。ごめんね?」
「なんだよ急に、気持ち悪いな!?」
ビーフがドン引きしている。タマネギの見た目は子供だが、声は太いので可愛子ぶられても…って感じだし、その気持ちは分かる。
「フフ、そう言うな。ここは組もうじゃないか?考えてみればステーキにかけるオニオンソースやハンバーグを形成する時のみじん切りタマネギのよしみがあるからな…」
「あ~?そうか?じゃあ…まぁうん?いいよ?」
でも何か丸め込まれたようだ。
「二人に組まれても怖くないっていうか~?私に隙はありませんよぉ~?大丈夫ですかぁ?」
「フッ…それはどうかな?最初に見せたアレをやるんだビーフ」
「分かった!農林水産省情報!!」
再びビーフが指を鳴らすと、新たな情報が開示された。
ウェルシュ菌──
土壌で育つジャガイモやニンジン等に付着する、食中毒のリスクを持った細菌。
…だからステータスオープンって何だよ、まずはそれを説明しろよ。
「くっ…」
その情報を見たニンジンに、初めて焦りの色が浮かぶ。
ジャガイモにも心当たりがあるようで、顔色が悪い。
「フフン!確かに健康志向どうこう以前の問題だったな、食中毒にはなりたくないよなぁ?そうだろう?」
ビーフが再び生き生きとし始めた。
「あぁ、その通りだ!もちろん大地のエネルギーは素晴らしい…だが、その強大なパワーにもリスクがあったってワケだよ」
タマネギもほくそ笑んでいる。
「じゃが、そういうんも加熱すりゃあいい!野菜チームと言ったばかりじゃろ?対策ぐらい周知していきゃええ!みんなそうやって食卓に並んできたんじゃろ?」
ジャガイモが反論する。
食卓に並べるものは、そういう基本はおさえている前提なので…まぁ間違ってはいないのだろう。
だがこれは追放裁判、相手の弱味を突いていき…貶めるような会議なのだ。
「う~…タマネギくんの言うことも~一理ありますけどぉ?でもでも、それだとジャガイモがさらに格下になりませんか~?なにせ毒素持ちですからぁ?」
ススッとニンジンがジャガイモから距離を取り、ビーフ達に近付く。
「なっ!?」
この行動にジャガイモも絶望感を覚えたのか、絶句して言葉が出てこない。
「フッ…どうやら決着はつきそうだな」
「あぁ、私が最初に指摘した通りだったろう?」
タマネギとビーフの視線がジャガイモに集中する。
獲物を見据える目だ…。
「なんがか!?おいが何か目の敵にされるようなこつしたか!?」
「…往生際が悪いぞッ!ジャガイモ!」
ビーフは苦々しい口調でジャガイモの言葉を封じた。
「…あの~?そもそも~?ルーさん抜きでこんな裁判なんかしちゃって~?良かったんですかぁ?」
ニンジンさんに言われて気付いたが、確かにカレーのルーさんがこの場に居ないのは気になった。
追放裁判の発案者であるビーフは、ルーさんを呼んでいないのだろうか?
「くっ…、だってルーさんを呼んだら、カレーの成り立ちやら日本のカレーはカレーか否か!とかそういう話ばっかりになるじゃないか…」
どうやらビーフは会議にすらならないことを懸念したらしい。
「確かに、ルーさんが入ると議論にはならないな…。でもルーさん抜きで会議するのってそれはそれで怖くないか?来てるものだと思ってたが…」
タマネギは若干及び腰になっている。
「え~?まさかマジで呼んでないんですかぁ??え?マジ?」
ニンジンさんもビーフの独断専行とは思っていなかったようだ。
「…そいじゃ、この追放裁判は中止じゃろか?」
ジャガイモはこれ幸いとばかりに流れに乗ってくる。
何とも言えない空気が漂っているし、追放裁判は中止になりそうな感じであった。
「おっ!これは中止っぽいですね、お米さん!」
正直もう話し掛けたくなかったが、帰れると分かればお米さんも満足するだろうし、これで話し掛けるのも最後だ。
参加者については…不完全燃焼のようだが、もう充分だろう。
「あ~、それはどうだかな?」
意外にも…お米にしては真面目な返事だった。
「どういう意味です…?」
「…とりあえず福神漬けさ?会場のギャラリーには静かに帰るように言っといて?」
福神漬けの疑問には答えず、お米から指示が飛んできた。
「え?いいですけどギャラリーが素直に聞いてくれますかね?」
「ルーさんが来る。って言えば言う通りにすると思うからさ?福神漬けも適当に切り上げて帰れよ?」
「は、はぁ…」
福神漬けはとりあえず…お米の言う通りにギャラリーにそれを伝えていくと、集まっていたギャラリー達は何かを察したようで、そそくさと会場を後にしてくれた。
福神漬けがギャラリーに帰るように促している最中、ビーフの声が轟いた。
「いいやまだだ!ここで決着をつけたいッ!ジャガイモ、貴様は必ずここで追放するッ!」
…どうやらお米の推測通り、追放裁判はまだ続けるようだ。
「なんでじゃ!?おいが何かしたかぁ?」
このままだと殴り合いに発展しかねない!と、思った時。
お米さんが定番食材に割って入った。
「よう、具物ども!」
「なっ!?お米っ!?貴様は判定役だろう?出番は最後だ引っ込んでろ!!」
ビーフがお米を露骨に警戒する。
…まぁ、頭おかしい穀物だから当然かもしれない。
「ハァ?じゃあ最期だから出番だろうが?」
「なんだと!?」
「そもそもおかしいと思ってたぜ?カレーライスで追放ってなったら…先ず槍玉に挙がりそうなのって福神漬けなのによ?何で具材?って思ってたからな」
うわぁ、何か凄く失礼な事を言われた気がする。
というか飛び火させないでほしい、議論にはあんま関わりたくないし。
「あのさ?ビーフ、てめぇ…ジャガイモを追放したいだけだろ?」
お米がビーフに指摘する。
「なっ!?」
とうやら図星らしく、ビーフの目が驚きに開かれた。
…言われてみればビーフはジャガイモに対して敵意剥き出しだった気がする。
「ルーさんに聞いたよ…お前、ジャガイモの自慢話に心底ムカついてたらしいな」
「自慢話~?ですかぁ??」
ニンジンがよく分からないと首を捻る。
「あぁ、食材である以上。主役ってのは張りたいもんだ。それが…食卓の外、それも物語なら尚更目立つだろ?その物語の件でジャガイモがどうやらビーフにマウント取りまくってたらしくてな?…おいこら逃げんなジャガイモ!」
コッソリと会場から抜けようとしていたジャガイモをお米が止める。
「昔からな?異世界の話で食料問題が発生すると、真っ先に候補に上がってくるのがジャガイモなんだわ。食材として分かりやすいからな?何なら例の毒素だってストーリーのスパイスになりやすいってのもある…まぁ物語の組み立てに優秀ではあるわな?でもそれでマウント取るのは良くねぇわ…」
お米は眉間に皺を寄せ、ジャガイモに苦言を呈する。
「ちょいと待ってほしいんじゃが!お米さんだって異世界では良く取り出されるテーマじゃろう?おいの事だけとやかく言われたくはないんじゃが!」
ジャガイモがお米に異議を唱える。
「あ?やんのか?俺はマウントなんか取らねぇし、取れねーわ!だいたいな?米の登場とか見てみ?…クッソ雑なんだよジャガイモと違ってな!!なんか知らんけど東の島国が都合良くあって都合良く米がいるんだよ!?デウスエクスマキナか米は!?それともサプライズお米理論とでも名付けてやろうか!?」
ジャガイモがお米の迫力に気圧される。
福神漬けも、内容や何を喋ってるのか今一つ分からなかったけれど、凄味だけは伝わってきた。
「クソッ、話が脱線した…。いいか?良く聞け具物ども!大切な話をしてやる…」
定番食材の視線がお米に集まる。
「ぶっちゃけな?ここにいる全員、代わりはいるんだよ。それは誰もが同じだぞ?もちろん俺も例外じゃねーんだわ…カレーパン、カレーうどん、ナン!エトセトラエトセトラ!!主食にすら代わりはいんだよ!下らね~ことで追放だなんだと言ってるんじゃねぇ」
「だけど…ランク付けは重要では?誰が具材のリーダーに相応しいのか、もしくはそのまとめ役を決めるくらいは…」
タマネギが進言してくる。
「ランク付けねぇ…?そりゃあ他者からの評価ってのは嬉しいだろうよ。米だって一等米とかそういうのあるしな。高ければ高いほど嬉しいだろうよ?だがそれはカレーライスにとって重要なことか?お前らの原点は何だ?」
「原点…?」
「そうだ、例えばお母さんが作ってくれたカレーは確かに一流店のカレーに劣るだろうよ!遥かにな?…だが、そんな外側だけの評価。そこまでランクが重要かって聞いてるんだ」
定番食材達が押し黙る、各々生まれは違っていても農家がいて思い出もあるだろう。
「農家に感謝しろ!そして思い出せ、思い出すんだ…原点を!子ども達が喜ぶあの姿…あの笑顔!!カレーライスとしての矜持を!」
お米は右手を天に掲げ力説した。
「…確かに、私が間違っていた…。お米の言う通りだ…。私は…ただ悔しかったんだ。そのせいで大切な事を見失っていた…すまない、ジャガイモ…」
お米さんの説得に、どこか共感することがあったのか、ビーフが自分の非を認める。
「いや、おいもじゃ…カレーと共に名前を列ねられる食材に嫉妬してたんじゃ…!ビーフカレーとかチキンカレーとか!心のどこか肉しみを…抱いておったじゃが」
「フッ…まさか、お米に諭される日が来ようとはな…。確かに我らはカレーに限らず、あらゆる場面で手を組み、その美味しさを食卓に提供してきた。それを蔑ろにする所だったよ…」
「だねだねぇ~、色んな食材があるからアイドルも成立するんだしぃ~?ちゃんとファンの子達もリスペクトしなきゃね!!なにより忘れちゃいけなかったんだよ~みんなのハーモニーから生まれる…」
「「「「食材同士の相乗効果、うま味を…!」」」」
「…うま味だろうが!!」
お米は吐き捨てるように言うと、その場から立ち去ろうとする。
そんなお米に福神漬けは思わず声を掛けた。
「お米さん…どこに行くつもりですか?」
二度と話し掛けたくなかったのに…不思議な気持ちだった。
「決まってんだろ!?石灰窒素を撒きに行くんだよ…田んぼにな!!」
ジャンボタニシへの殺意は相変わらずだが、どこかカッコ良く見えた…気がした。
「俺は俺の戦いがある…あばよ!具物ども…!」
去っていくお米を見て福神漬けは思った。
食材は、時に寄り添い、時に競い、互いを高めあうのだ。
こうして、これからも食材の戦いは続く。カレーが食卓の全てを席巻するその時まで───
こうして一件落着…。
すると思っていた──
お米さんが去り、シンと静まり返る会場。
そこには定番食材と福神漬けが残されていた。
しかし突如として奇っ怪な、グツグツ──という音が沸き立つ。
「な、なんです?この音は!?」
福神漬けが声をあげるが、定番食材は声も出せず、恐怖で震えて動けないようであった。
いや、違う…動けないのだ!
ゴポォ…という音が響き、足元がとろみのある粘液にからみ取られる。
いや、よく見れば足元どころか会場全体が粘液に侵食されていることに気付いた。
それと同時に優しい声が会場全体に響く…。
「母さん悲しいわ…我が子たちがケンカしてたなんて…これも母の不徳の至りね…」
この声は…まさか、この粘液から声が聞こえる…まさかこれがルーさんなのか!?
普段は見せない姿に福神漬けが恐怖する。
「ルーさん!勘違いだ!私達は皆仲良くしている!会議も無事に終わった所だ!もう大丈夫だ!」
ビーフが必死に訴える。
「悲しいわ…どうして嘘なんてつくのかしら…?私の愛が足りなかったのね?ごめんねビーフ…これからちゃんと相談に乗ってあげるからね?」
茶色い粘液に包まれ、ビーフが地面へ呑み込まれていく。
「ま、待ってく…うわぁあぁ~…」
「あら、嬉しいわ?ビーフが私の事をママだって」
どう聞き違えたらママになるのか意味が分からないが、ルーさんはちょっと…いやかなりヤバイ。
残された定番食材達も、悲鳴と共に次々とルーさんに呑み込まれていき…。
残るは福神漬けのみとなった…。
「あの、スミマセン。僕は具材ではないので帰っていいですかね?」
粘液はがっちりと足元を固めている。
「あらまぁ、でも大丈夫よ?私って母性溢れるから何でも包み込めちゃうの?例えば納豆や…あんこだってカレーに合わせられるのよ?安心してね?」
「アッハイ」
「大丈夫よ?優しく思考を溶けさせてあげるからね?時間を掛けてじっくりと…」
ああ、そうか──
お米さんの野郎、こうなることを分かってて…。
一応忠告はしてくれてたけど…。
どうせならちゃんと教えておいて欲しかったな…等と考えながら、福神漬けもカレーに呑み込まれていくのであった。
──みんな、ケンカはやめようね!